日韓は米国のインド太平洋安保・外交政策の要である。だが、日韓の歴史からくる緊張関係は、米国の努力を常に妨げてきた。
2019年、日韓関係は1965年の国交樹立以来最悪の状態に至った。日本は、好ましい貿易相手国のホワイトリストから韓国を除外し、韓国はその対抗措置として軍事情報包括保護協定(GSOMIA)からの離脱を検討し始めた。この最悪の事態の後も日韓関係は悪化し続け、岸田文雄総理も「厳しい状況にある」と述べている。
親北・反日政策を推進してきた文在寅前政権と一線を画す尹錫悦(ユン・ソクニョル)氏の当選により、日韓関係改善に対する楽観論も一部にはあるが、日韓に横たわる問題解決は難しく、東アジアの安全保障を脅かす中国に対する優位性を確保したい米国は、これを懸念している。
従って、バイデン米大統領の韓国・日本への初の公式訪問は、東アジアの安全保障構造にとって重大な意味を持つ。とりわけアジアの2つの経済国の関係修復は公言されてはいないが、重視されている。
バイデン大統領のアジア訪問は、日韓2国間の力学をどれだけ変えるだろうか。日本との関係を正常化したいという尹大統領の意図は、国内政治を抑え込んで影響力を持てるだろうか。日本は、前政権が和解できなかった韓国に対する懸念を払拭することができるだろうか。
韓国のインド太平洋政策:新しい時代の兆し
米大統領が今回のアジア訪問で最初の訪問地に韓国を選んだことは、就任したばかりの新大統領を安心させただろう。尹氏は、低支持率と野党が多数派を占める国会によって困難な国内事情に直面している。
従って、就任直後に尹氏がこれまでの韓国外交の軌道を修正し、米国側につくと繰り返し明言したことは、期待を感じさせる。東アジアの安全保障環境に対する戦略を第1に考え、米韓首脳会談の中で韓国は、インド太平洋戦略に足並みを揃え、米国が主導するインド太平洋経済枠組み(IPEF)が東京で正式発足する前に加盟を表明した。
IPEFは、①貿易 ②サプライチェーン、③クリーンエネルギー・脱炭素化・インフラ ④税・腐敗防止――の4つの柱からなり、韓国にとっては中国依存の経済を多様化するだけでなく、日本や台湾との激しい競争に直面する最新の半導体産業にとっても利点がある。
ウクライナ戦争が世界経済に深刻な影響を与えている時に、これは時宜を得た動きであった。韓国が既に中国主導の地域的な包括的経済連携協定(RCEP)に加盟していることが、行き詰った韓国経済を補完することも期待できる。
米国主導のIPEFは標準的な自由貿易協定ではないので、考えられているほど韓国に有益でないかも知れないという批判や、中国に対して引き金を引くコストをリスクが上回るという批判もある。中国は当然快く思っておらず、韓国に対してデカップリングがもたらすものについて警告した。
これに対して韓国は、2つの超大国と韓国の関係はゼロサム・ゲームではないという見解を維持した。韓国は、中国を除外しているのではないと強調したが、エマニュエル駐日米大使は、「中国はルールに従わない国だ」と頭から否定した。
日本問題:未来志向の新しい道か空虚な言葉か
今次の米韓首脳会談は、これまでの同盟から、世界規模の包括的戦略同盟に韓国を関与させるものであり、「世界の枢要な国家としての韓国」を目指す意志を尹大統領に抱かせた。だが、韓国がこれを実現するためには、日本を必要とする。日本は米国の重要な同盟国であるとともに、インド太平洋構想の主たる存在である。
加えて、日本が長年行ってきた東南アジアでのソフトパワー外交(日本はアジア最大のODA拠出国である)は、韓国がASEANへの働きかけを強めるのに大いに役立つだろう。それは、地域の協力促進の役割を果たす正しい方向へ歩を進めることであり、現在の「新南方政策プラス」や最近発表された米韓共同声明の重要な部分である。
日米韓の関係は、米韓共同声明でも強調されたように、共通の経済・エネルギー安全保障の脅威と向き合うために重要である。日米韓は経済安全保障対話を通じて、結束することができる。このことは米韓首脳が2国間で合意したばかりだが、経済安保を重視する岸田政権の「新しい資本主義」政策とも足並みを揃えることができるだろう。
日米首脳会談に先立つ5月11日、日本の国会は経済安全保障推進法を成立させた。地域・世界の不確実な情勢の中、サプライチェーンを強化し、先端技術の開発を促進することが狙いだ。日米韓は、ハイテク半導体の分野で協力できる素地を持つ。半導体はこのアジアの2つの国が得意とする共通分野である。
北朝鮮の核・ミサイルの脅威による不安定化に関して、米韓首脳会談は脅威に対する拡大抑止について繰り返し明言し、最終的には米韓合同軍事演習を拡大・強化することでも合意した。
米韓合同軍事演習は、北朝鮮の完全な非核化が「共通の目標」とされているが、親北宥和政策を採り続けた文政権下では縮小されていた。
もとより日本政府も北朝鮮の行動に大きな懸念を抱いている。特に、3月に発射された大陸間弾道ミサイル(ICBM)は、日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。日本は、安全保障上の脅威を除去するために韓国の協力が必要である。大統領選挙から就任までの間の限られた期間ではあるが、尹氏のよりタカ派的な北朝鮮に対する姿勢は文政権の宥和政策とは対照的であり、尹氏が北朝鮮・中国と対峙するのではないかとの日本の見方にも十分な根拠はある。
今も日朝関係は膠着状態が続いている。これまで日本は北朝鮮問題では常に米国を頼ってきたが、もし韓国がより協力的になれば、日本にとっても都合がよいだろう。そうすれば、日本は非核化へ向けたより多くのルートを、日米韓の枠組みを通じて得ることができる。
台湾について言えば、米韓共同声明は「平和と安全を支持する」という見慣れた文言を踏襲した。対照的に、日本は最近、前例にない程台湾支援を広げ中国を怒らせている。従って、バイデン氏が「中国からの脅威がエスカレートした場合、台湾を軍事的に支援する」と明言したことは、たとえ日米に正式な政策の変化がないとしても、安堵をもたらした。
今のところ尹大統領は、これ以上波風を立てないことに満足しているが、近い将来、米国のルールに従うことになるだろう。
重要なことは、米韓首脳会談は尹大統領に、韓国は世界の責任を担うことのできる責任ある国家であると認めさせる機会を与えたことだ。インド太平洋の枠組みに入ったので、次は、印日米豪からなるクアッドのような多国間協議の場に韓国を参加させることだ。
バイデン氏は既に、韓国が独自のインド太平洋戦略を持つことに支持を表明している。この政策転換は、韓国が「戦略的曖昧さ」から、米国の見解、さらにその先駆的な存在である日本のインド太平洋構想に沿うように転換して、この地域への関与を深めることを意味する。
また、バイデン氏には日韓の仲裁をする意志があり、今回の東アジア歴訪をプロセスを開始するために用いた可能性もある。
米韓首脳会談後の記者会見でバイデン氏は、ロシア、中国という権威主義国家に直面し、日韓が軋轢を乗り越え、民主主義と法に基づく世界秩序を推進するために結束することを促した。
中露の見境のない前時代的覇権主義は、民主主義国家にとって「理解不可能」であることを国際社会は認識した。
バイデン氏は日韓の間にある貿易障壁を解決することについても言及した。
尹氏は既に、日本と未来志向の関係を築く意思を示している。彼は、戦後最悪と言われる日韓関係が、米韓関係にとって「アキレス腱」になることを避けたいのだ。岸田総理はかつて外務大臣として日韓和解策に関与しており、隣国同士の関係改善に希望を持っているだろう。だが、その経験から警戒心もあるだろう。
日本は韓国の行動に深い不信感を抱いている。5月初旬に日韓双方が領有権を主張する竹島近海の日本のEEZ内で韓国の調査船が調査しているのが確認された。これは林芳正外務大臣が岸田総理の特使として尹氏の大統領就任式に出席するために訪韓していた、まさにその時であった。報道によると、岸田氏はこれを屈辱と感じ、韓国に失望したという。
従って、韓国が共通の脅威に対処するため日米韓の枠組みに関与することを日本が受け入れても、日本は尹政権の関係改善の意志が本物かどうか注意深く見定めることになるだろう。
就任直後の尹大統領の日本に対する態度は友好的だが、両国の歴史的な関係を振り返ると、日韓が共に足並みを揃えて関係改善に向かうことは難しいだろう。
しかし、インド太平洋地域の平和と安定を実現するためには、今こそ和解の時ではないか。