「見当違いの岸田内閣」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 新しい内閣が発足したのだから、政策の内容ややり方に新しい方法もあるだろうと見ていたが、この岸田内閣はとんでもない方向を向いて歩いていることに気付いた。
 安倍政治が創り上げたものを絞れば2つある。1つは日本の官僚政治体質を根本から変えたこと。もう1つはその元になっていた財務省支配を終わらせたことだろう。
 官僚を握っていたのは財務省(大蔵省)で、防衛省を庁のまま据え置いて、防衛次官を自省でとるというような姑息な支配権を確立していた。その辺の橋の予算まで指示できたから、全自治体の首長から普通の公務員までが大蔵省になびいていた。国会議員なども大蔵省の官僚に指示されればいいなりだった。入社試験に当たって、「日本は三権分立の国」と覚えたが、官僚独裁のような国家だった。これを政治指導にするために、必死に工作したのが安倍晋三氏である。安倍氏が決め手にしたのが、内閣人事局の設立である・各省300人程度の参事官クラス以上を対象に、政治の側が任命権を持つ。「この人物は局長、次官にふさわしくない」と判定されれば次官街道をまっしぐらでも外されることがある。安倍氏はこの手口を使って、安保制度を充実させようとして、防衛省、財務省など各部署からベテランを揃えた。安全保障政策のコアとなってグループを率いてきたのが防衛省の島田和久事務次官だった。島田氏は首相秘書官を6年半務め、防衛費の国内総生産(GDP)比2%を求める旗振り役だった。岸田氏はその島田氏を更迭したのである。安倍氏は「最低3年はやるんじゃなかったのか」と大不満だった。
 岸信夫防衛大臣は続投を求めたが、官邸側は就任2年での交代が慣例といってクビにした。代わりに就任した浜田靖一氏の安保観をどれほど信用することができるのか。JBIC(国際協力銀行)の新総裁人事も林信光氏に決まった。財務省が必死に狙っていたポストだ。海上保安庁新長官も生え抜き続きをやめて国交省キャリアの石井昌平氏がカムバック。その他、天下りポストを網羅的に調査して貰いたい。官僚制度の構造改革とか天下り反対といってきた安倍哲学は潰えかかっているのがわかるだろう。
 防衛省は予算の権限を軸に、膨大な権利権益を積み上げてきた。この権限の強さ、大きさは政治家をはるかに上廻っていた。ここ30年ほどで、国鉄の分割・民営化や郵政の民営化など、「官」の体質は相当に変わった。行きつく先に安保法の一層の強化、憲法改正がほの見えてきたが、岸田首相は自らの立場を知っているのか。自ら踏み潰しているのではないか。
 財務省が予算について、注文を受けないというのは、予算に注文をつけたい政治側の要望に合わない。政治家が自由にできる予算も作れるようにせよというのが安倍氏のアベノミクスだ。
(令和4年9月28日付静岡新聞『論壇』より転載)