習近平総書記異例の3期目、際立つ様々なリスク

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 中国共産党が北京で10月16日から開催していた第20回党大会が22日、閉幕した。習近平国家主席の党の核心としての地位と、政治思想の指導的地位を固める「二つの確立」を盛り込んだ党規約の改正案を承認した。第1回中央委員会全体会議において、習近平総書記が今までの慣例を破って再任されて3期目になることはすでに確実視されていたが、李克強首相が引退に追い込まれたのは予想外だった。汪洋全国政治協商会議主席も引退となったが、最も驚いたのは、次期首相の最有力候補とも見られていた胡春華副総理が政治局委員にすら入っていないことだ。代表的な共青団派(中国共産主義青年団、中国共産党を支える下部組織として設立された青年エリート集団)である李克強、汪洋、胡春華は、いずれも胡錦濤前総書記と強い関係にある。これまでも習近平総書記と共青団派とは様々な軋轢があり、例えば2014年、胡錦濤の最側近だった令計画が息子の自働車事故隠ぺいの容疑で重大な規律違反に問われ、収賄容疑で逮捕された事件や、2020年に習近平総書記が貧困撲滅宣言を行った際には、李克強首相が「中国には平均月収が1,000元(1万5,000円)前後の中低所得層も6億人いる」などと暴露し、習近平総書記のメンツをつぶすような発言をしたことがあった。
 なお、党大会の最終日には胡錦濤前総書記が会場から警備員に連れ出されるという一幕もあり、共青団派との決定的な対立があったのではないかなど様々な憶測を呼んでいる。メディアの画像を見れば、確かに胡錦涛氏が名簿のようなものを見ようとして、習近平側近の栗戦書(りつせんしょ)全人代委員長に阻止されているようにも見える。胡錦涛氏に今回の人事が事前に知らされていなかったのだろうか。
 
習近平三選のリスク
 習近平総書記、個人にとっては、異例の3期目に突入すること自体は成功と言えるものだが、果たして中国の未来にとって正しい選択だったのだろうか。習近平総書記が慣例を破ったことで、以後の指導者も慣例を破ることに躊躇することはなくなるだろう。個人崇拝が認められたことで、どのような悪政を敷いた人物であっても独裁体制を築くことは容易となる。未だに共産党無謬論(党は絶対に間違いを犯さない)がはびこる中国である。かつて毛沢東が主導して起こった「大躍進運動」(毛沢東個人崇拝が確立、強引な指導により、大量の餓死者、産業・インフラ・環境破壊などを生んだ)や「文化大革命」(失脚した毛沢東の復権運動、紅衛兵により多くの知識人、文化人が失脚、殺害、負傷、)などの災厄を今後、どう防ぐのだろうか。
 もう一つ懸念されることは、独裁者となると、耳障りなことや反対意見を言わない人物に取り巻かれてしまう、いわゆる「裸の王様」状態になることがある。そうなると反対する者は遠ざけられ、間違った情報が事実のようにまかり通る。
 歴史を紐解けば、こうした例はいくらでもある。かつてのナチス・ドイツのヒトラーは、ドイツ軍が壊滅的打撃を受けていたにもかかわらず、「ドイツ軍部隊は未だに精鋭だ」と側近から吹き込まれていたため、部隊を無謀な作戦に駆り立てて徒に消耗させてしまった。また最近の事例では、ロシア・プーチン大統領は、側近の情報機関FSB局長ボルトニコフから、「首都キーウに向けた電撃作戦でゼレンスキー政権は数日間で転覆され、新体制樹立が可能となる」との極めて楽観的な見通しの報告を受けていた。だが実際には、FSB内部では「ウクライナ国民が激しく抵抗するだろう」との見方を示し、侵攻には懐疑的だった。
 
山積する経済問題に対応できるのか
 中国において、今後、問題となるのは米国から厳しい制裁を受けている半導体製造、以前から問題視されていた不動産業恒大集団などのデフォルト危機、消費が絶望的に低下したゼロコロナ政策、これらにさらに少子高齢化問題などが加わってくる。いずれも中国の屋台骨を揺るがしかねない重大な問題だ。
 こういう時期こそ、総書記の手足となって行政・経済全体を巧みに動かしていく首相が重要だ。今回の人事において、李克強氏に代わって李強氏が首相に就任したが、役不足の感は否めない。李強氏は習近平総書記の浙江省時代の部下で、上海市党書記に昇格後、ゼロコロナ対策で上海市民の大きな反発を買うなどの失敗があった。また中央政府での経済関係の職歴はなく、李克強などこれまでの首相のようにまず副首相としてキャリアを重ねることもなかった。今回の人事で引退させられた李克強、汪洋、胡春華は、いずれも経済畑で資質十分な人材だった。果たして習近平は、自分の子飼いの部下だけでこの難局を乗り切れるのだろうか。
 
習近平三選に反対する人々
 報道によると、10月15日、中国の朱鎔基元首相は、習近平総書記が3期目を発足させることに反対する意向を示した。朱鎔基氏は、習近平氏が国有企業の活動を後押しする一方で、民間企業には強い社会的影響力を持たせないことに不満を持ち、その加速化に強い懸念を表明した。こうした懸念を共有する重鎮が朱鎔基氏だけではないだろうということは容易に想像がつく。
 また習近平三選を受けて、ネット上の世論は三選に好意的なコメントで溢れた。だが、今月13日、北京市内海淀区の四通橋に、習近平氏を独裁者と非難する横断幕が張られた。横断幕を張った男性はすぐに拘束されたが、その行動はネットの写真で世界に拡散した。米国、欧州、オーストラリア、香港、カナダなどの大学では、北京市の横断幕を模した支援の看板やメッセージが掲げられた。中国国内においても、複数の地域で同様の看板が掲げられた。橋で抗議した謎の男性は、ネット民から「ブリッジマン」と呼ばれており、天安門事件で戦車の前に立った中国人男性「タンクマン」と並び称されている。
 
 強大な権力を持った人間は、深い孤独と猜疑心に苛まれる。今回、習近平への権限集中と独裁が完成したという見方があるが、中国国内に鬱屈する習近平に対する不満がいつ爆発するか分からない状況であることに変わりはない。これからの3期目は、習近平総書記の指導力が本当の意味で試される時期になるに違いない。