中国の最新の世界戦略とは

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカ議会の中国研究の主要機関が中国の新世界戦略の基本を特徴づけて発表した。その骨子は次のようだった。
 「中華人民共和国は習近平国家主席の異例の3期目への留任で一党独裁態勢をさらに強化した。同時に習近平帝国とも呼べるいまの中国はウクライナ侵略を続けるロシアへの支援を巧みな方法で保ちながら、アメリカへの敵対を多様な手段で国際的に拡大している」
 
 習近平独裁の強まるいまの中国ではコロナ対策への国民の反発が各地で異例の過激な抗議運動へと爆発した。共産党政権は武力をもってでも強引に抑えきるだろうが、これほどの大きな規模、これほど多くの都市で同時に習近平主席退任を求めるスローガンが掲げられるほどの激しい反政府行動が表面に出ることは、独裁国家の中国ではきわめて珍しい。
 独裁態勢の抱える矛盾の噴出だといえよう。では現在のそんな中国をどうみるべきか。アメリカ側でのこの中国分析は中国の脅威に迫られる日本にとっても有益である。
 
 アメリカ議会の中国研究の諮問機関「米中経済安保調査委員会」は11月15日、2022年度年次報告書を発表した。この委員会はアメリカにとっての中国の存在が懸念を生むようになった状況を受けて、2000年に特別の法律により設置された。
 同委員会は連邦議会上下両院の民主、共和両党の有力議員が選ぶ12人の専門家の委員によって構成される。その目的は「米中経済関係がアメリカの国家安全保障に及ぼす影響の調査」とされている。12人の中国問題や国際経済、国家安全保障に詳しい委員たちは数十人の委員会専属のスタッフとともに、中国の実態や米側の対中政策、米中関係の動向などを調査し、研究する。
 その間、アメリカの国家安全保障にとっての重みを持つ課題を個別に探索し、その分野のさらなる専門家たちを招いて、公聴会などで検証を進める。その成果の集大成を年次報告書として毎年11月に公表する。今年度も730ページもの大冊として発表された。
 この米中経済安保調査委員会の研究成果はアメリカ国政の場で発表される多様で多数な中国研究のなかでも有数の権威と信頼を得てきたといえる。
 さて2022年度の報告書の要約のなかで、まず中国がいまの国際情勢にどう対処しているか、とくに現世界の最大の変動となったロシアのウクライナ侵略に対して習近平政権がどんな態度をとっているか、についての記述の骨子を最初に紹介しよう。
 ・中国は公式には全世界の主権国家の普遍的な主権尊重を宣言しているが、習近平政権はいま最重要とみなす戦略パートナーのロシアへの支援を最優先している。米欧の対ロシア制裁に露骨に違反する行為を慎重に避けながらも、実はロシアの石油と小麦の輸入を増やし、ロシア側が必死に求めている半導体のロシアへの輸出を増している。
 
 ・中国政府はロシアを外交的に防御するために、今回の戦争の原因をNATO(北大西洋条約機構)の拡大に帰する声明を出して、結果的にロシアの主張と虚偽情報(ディスインフォーメーション)を忠実に受け売りしている。この活動宣伝の多くは開発途上国に向けて発信され、反欧米感情に訴えて、中国への同調を広げ、その存在と影響を強めようとしている。
 
 ・ロシアのウクライナ侵略はアメリカとその欧州、アジア両方の民主主義の同盟諸国にとってこれまでよりも強固な戦略的協力をもたらした。その連合体はロシアに対して一連の前例のない経済制裁措置と軍事措置をとった。中国にとってこの米側の同盟諸国の対決的な制裁措置などは、状況次第である時点で中国に対してもとられる可能性を示したといえる。
 
 同報告書は以上のように中国がウクライナに侵略するロシアを巧妙な形で支援して、アメリカと対決する自国の立場を国際的に優位にしようと努めているという基本線を解説していた。そのうえで同報告書は、中国は自国にとっての政策面ではこの状況下でどう行動しているのかを説明していた。
 ・中国共産党政権はこうした国際情勢への対応として諸外国による経済制裁や輸出規制への中国自身の弱さを減らすための努力を倍増させた。とくに習近平主席が熱心に推進する「双循環戦略」は中国の輸出への依存、超重要品目の輸入への依存を減らし、欧米諸国の中国のサプライチェーン(供給連鎖)への依存を保つよう奨励することを目指している。
 
 ここで言及される「双循環戦略」とは習近平主席が2020年7月に発表した新経済政策である。その趣旨は中国の国内の経済循環をさらに大発展させ、国際的にも中国主体の経済循環を活発に保つ、ということだとされるが、その本音は中国は経済面で諸外国への依存を減らし、諸外国は中国への依存を減らさないで保っていく、という目的だと外部の研究者たちは解釈している。
 報告書は中国の戦略についてさらに以下のように述べていた。
 ・ロシアのいまの経済的苦境は中国の技術面での「自助」の促進とドル基軸の国際財政システムへの依存の削減の重要性に光を当てることとなった。中国の高度技術での自助の促進は中国の経済全体の危機に瀕した際の弱みを減らすこととなる。アメリカ主導の国際金融、財政制度への依存も中国にとっては年来の脆弱性となってきた。
 
 ・ウクライナ戦争は台湾をめぐる武力衝突の可能性を高める結果ともなった。中国政府はその可能性を高めるような言動をとっている。今年8月のアメリカのナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問の後にとった中国の一連の軍事演習や台湾封鎖、対米非難などはいまの中国の対決的な対外言動や民族主義的な内外姿勢の基本を印象づけた。
 
 ・中国共産党政権はなお疾走するような軍拡を続け、アメリカやその同盟諸国への敵対的姿勢を強めている。アメリカ側では中国に対する経済面でのエネルギー、高度技術、その他の重要物資での依存を保つことは危険だとする認識が高まった。その認識の変化はロシアが米欧側に与えたエネルギー資源を武器にしての反撃への懸念にも原因している。
 
 そしてこの米中経済安保調査委員会の年次報告書の総括はアメリカの政府や議会への警告として以下の趣旨を明記していた。
 
 ・アメリカは中国のこうした基本姿勢を考慮するとき、軍事、経済、技術などの多数の領域で強固な姿勢を保たねばならない。中国の台湾への武力での威嚇、国内での人権弾圧、アメリカ側からの高度技術の窃取、民主主義の同盟諸国への威迫など、アメリカの主導で対決し、競合し、抑止しなければならない。だが現在のアメリカは国家全体としてそのための十分な準備や能力をまだ保持していない。この報告書の主目的はその中国への十分な抑止の措置を具体的にアメリカの政府と議会に対して勧告することにある。
 
 この総括こそがこの膨大な報告書の最重点だった。要するに中国の脅威に対してアメリカはもっと強くなれ、という骨子なのである。