「派内を握る」
―3閣僚辞任を招いた岸田内閣の甘さ―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 岸田内閣はスタート早々、複数の閣僚辞任が続いて、いかにもヘナチョコ内閣のように見える。辞めた人達はいわば“駆け出し”だが、彼らの準備不足を岸田氏が全く知らなかったのは驚きだ。
 中曽根康弘大勲位が首相の時代、移動の車に同乗したことがある。その時、首相が「今日は宮沢(喜一氏、当時の大蔵大臣)はどこにいる?」と尋ねた。ふと用件を思い出したのだろう。「今日は奥さんとゴルフです」と答えたところ、首相は「勿体ないことをするなあ」と慨嘆した。「なぜ勿体ないのですか」と質問したところ、「僕なら休日にカミさんとゴルフはしない。休日は必ず新人を誘う。党内に人脈を作ることになるからね」と言う。こういうことを普段から行っていたら、役職に任命した新人が選挙違反を起こしていた、などという事件は起こらないだろう。また大臣候補の人柄を知らずに任命する時は、その人物と親しい友人に人格を確かめたという。
 そもそも人事に纏わる失敗は痛い結果を招く。デカ過ぎる「大臣辞任」という見出しの中身をよく読んでみると、その理由が「政治資金規正法」違反だったということ程、落胆することはない。金に気をつけさえすれば、辞任は起こらなかったのだ。
 中曽根氏は河野派から独立したから、相当無理な金集めをしたのだろう。自ら「総理になるまでは無茶をやったが、それ以降、インチキは一切やっていない」と“自供”したことがある。当時のインチキの中には公共事業を裏から仕切るというのがあったが、田中角栄氏の失脚と共にこれは消えた。「就任以降、インチキはない」というのは、中曽根氏がどうしても遺しておきたい“遺言”だったのだろう。
 中曽根氏が総理に就任した頃、デスクから中曽根氏の人柄について一本原稿を書いてくれと言われた。真面目な話なら大体、聞き取っていたが、会って話せば新しいネタを得られるかもしれないと、面談を申し入れた。そこでいきなり「総理の周辺では女性の噂というものが全くありませんね。余程用心しているのですか」と聞いてみた。すると総理はキョトンとして「女性というのは彼女のことか」と尋ねた。そして「仕事の後で食事をする。それを毎晩繰り返して何か役に立つのかね。時間が勿体ない」と言う。こういう人に“彼女”はいない。
 また何かの機会に「この本は役に立つよ」と偉い人からもらった書物があった。くれた人は当代一流の人物である。「積ン読」にしては申し訳ないと思ったので、論旨を話して総理に進呈した。2、3日経つと総理から「あれ、どこが面白いの?」と聞かれた。
 中曽根氏は、自分の時間は全て国のために使っていた。誠心誠意、国のために尽くした。その思いは、身近にいる人間にも染み渡っていくようだった。こういう生き方をする人は政官人事で失敗などしないのである。
(令和4年11月30日付静岡新聞『論壇』より転載)