ドイツのクーデター未遂事件、
欧州の極右思想の拡散の陰にロシアの陰謀

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 ドイツ連邦検察は12月7日、政府転覆を図ったとして、25人を逮捕したと発表した。極右関係者や元軍人などで構成されるグループが、連邦議会議事堂を襲撃し、政権を奪取する計画を立てていた。連邦警察は、国内11州で25人を逮捕し、首謀者は貴族出身の「ハインリヒ13世」を名乗る71歳の男性だと発表した。クーデター計画には、ドイツ警察がかねて監視対象にしていた極右勢力「ライヒスビュルガー(帝国臣民)」運動の関係者も含まれているという。この「ライヒスビュルガー」は、「ドイツ第三帝国の崩壊を信じず、現在の連邦政府の正当性を認めない」と主張する極右勢力で、不法に武器を所有しているとされ、ドイツ連邦憲法擁護庁は、約1万9,000人が加盟していると見ている。今回、この極右運動に参加する約50人のメンバーが、現在のドイツ連邦共和国を転覆させ、1871年のドイツ帝国に模した新国家「第二帝国」を樹立しようとしていた。ドイツの捜査当局は、約3,000人の警察官を動員し、130軒の建物を家宅捜索した。ドイツ国内のほか、オーストリアとイタリアでも家宅捜索が行われ、各1人が逮捕された。
 連邦検察によれば、「ライヒスビュルガー」は2021年11月から暴力的なクーデターを計画し、クーデター勢力はドイツ統治計画をすでに策定していた。自分たちの目標実現には「武力行使や国家の代表への暴力」が不可欠で、それには殺人も含まれるとの共通認識を有していた。彼らは、カール・ラウターバッハ保健相の誘拐を計画するとともに、ドイツの民主主義を終わらせるために「内戦状態」を作り出そうとした疑惑がある。また、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の元連邦議会議員もクーデター計画に参加し、「ハインリヒ侯子」を首班にした新政府の司法相になる予定だったという。この政党は、トルコ人や黒人をあからさまに蔑視し、ナチスドイツによる犯罪を軽視する発言を繰り返しており、党員数約3万4,000人と言われる。(参考:2022年12月7日付けBBCNEWSなど)
 
軍や治安機関に蔓延するファシズムという病
 欧州諸国では、第2次世界大戦終結後の混乱期から復興期にかけて、過激なネオ・ファシスト党が台頭し、例えばドイツでは、元ドイツ国防軍少将オットー・エルンスト・レーマーらが指導した「ドイツ社会主義帝国党」が一時期は多くの支持者を集めたが、1952年、連邦憲法裁判所により活動禁止とされ解散した。だが、その後もドイツ国内では、ネオナチ思想や白人至上主義者が潜在し、特に近年の大量の移民政策に対しては、外国人排斥等を主張する極右過激主義者らによるテロの脅威が懸念されていた。
 そしてドイツにおいては、ここ数年、軍及び治安機関における極右思想の浸透を示唆する事案が複数発生していた。2017 年 2 月、反イスラム教徒感情の扇動を企図し、シリア人の犯行を装って政治家やユダヤ人活動家への攻撃を計画したドイツ軍人が逮捕された。また、2020 年 4 月、ドイツ軍特殊部隊(KSK)隊員の自宅から武器、爆発物等が発見されたことを受け、カレンバウアー国防相(当時)は、同年 7 月、KSK の第二歩兵中隊の解体を発表した。2021 年 6 月には、ヘッセン州警察や機動隊等に属する計 49 人の現役警察官が、チャットグループで極右主義的な内容を共有していたとして捜査を受けた結果、フランクフルト警察特殊部隊(SEK)の解体が決定した。さらに、2021 年 9 月には、極右過激主義への関与が疑われるドイツ国防省職員に対する捜査が行われた。
 今回のクーデター計画においても、退役軍人と現役軍人が地方の民主的な組織を排除する目的で軍事組織を率いることになっており、精鋭の陸軍特殊部隊(KSK)の隊員も参加していた。警察はこの隊員の自宅と、シュトゥットガルト南西部カルフのグラーフ・ツェッペリン軍事基地の自室を捜索した。
 
インターネットにより若者に拡散する極右過激主義
 欧州法執行協力機構(ユーロポール)は、2021 年 6 月、極右テロに係る最大の脅威とされる「自己過激化した若者」が、インターネット上のプラットフォーム等で極右思想を共有しつつ、緩やかに連携している旨を指摘したほか、イルヴァ・ヨハンソン欧州委員会委員が「特に極右テロに関して、インターネット上での過激化の脅威が増加した」と述べ、コロナ禍におけるインターネット上での極右過激主義思想の拡大に対する懸念を表明していた。
 こうした情勢を受け、ドイツでは、本年、全土で800名以上の警察官を投入した大規模な極右主義者摘発作戦を展開し、50ヵか所以上の家宅捜索を行い、ドイツ・ラインラント・プファルツ州、マインツ周辺で極右主義者らが摘発された。彼らはSNS上のチャットグループを利用し、ドイツ全土の送電網に対する爆破攻撃を計画していたとされる。
 
ドイツの政治情勢に影響を与えるロシアのディスインフォメーション・キャンペーン
 ロシアは、2016年、ドイツにおいて、ロシアとドイツの血縁を持つ「リサ」という少女が移民にレイプされたという話を捏造し拡散した。この「リサ事件」は、外国人排斥を煽り、ロシアとドイツのコミュニティを活気づけ、当時のメルケル首相の移民政策への支持を弱体化させる目的で流布された。2017年の総選挙では、ロシア政府に近いメディアとロシア情報機関と深い関係にある企業IRAによるSNSのディスインフォメーション・キャンペーンが行われた。これにより、ロシアと親密な関係にあった右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が初めて94議席を獲得し、第3党となった。2021年には、ドイツ連邦議会選挙を控えた9月、ドイツ政府はロシアに「標的型サイバー攻撃を繰り返している」として強く抗議した。ロシアのディスインフォメーション・キャンペーンの特徴は、「相手社会に潜在する矛盾や不満を暴露し、その矛盾や不満を偽情報や誤情報などの手段を用いて拡大して、世論を操作して社会を分断に追い込む」というものだ。
 今回のクーデター事件がロシアのディスインフォメーション・キャンペーンなどの影響を受けたものかどうかは不明だが、ドイツの弱点である「未だに続く西ドイツと東ドイツの経済格差」、「約400万人のドイツ語が不自由なロシア移民」、「ロシアの理解者と言われる知識人・ビジネスマン」「極右思想に影響を受ける若者」などをターゲットとして揺さぶってくるロシアの攻撃は執拗で侮りがたい。こうしたロシアのディスインフォメーション・キャンペーンに対して、今後、我が国への攻撃を含め、最大限の警戒を行う必要がある。(参考:公安調査庁「国際テロ要覧2022」など)