日本政府は2月4日、先端半導体技術の軍事転用を阻止するための輸出規制を今春にも実施する方針を固めた。特定の製品や技術を輸出する際に経済産業相の許可が必要となる外為法の省令を改正し、日本が強みを持つ半導体製造装置が輸出先で軍事利用されないようにする。中国を念頭にした米国やEU諸国などの規制と歩調を合わせるものだ。政府は、半導体の規制が多くの企業に影響を与えることから、広く企業などから意見を募る予定だ。米国は、半導体製造装置で高い技術を持つオランダにも協力を要請しており、ここに来て日米蘭が揃って規制を実施することになる。米国が回路線幅14ナノメートル以下の半導体を規制していることから、日本も同様の対応をとると見られている。
ちなみに米国は、既に2020年12月、中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)を含む中国企業4社を「共産中国軍事企業」のリストに加えて禁輸対象としている。この時、SMICとともにリスト指定を受けたのは国有石油大手の中国海洋石油(CNOOC)、国有建設大手の中国建設科技(CCTC)、国有エンジニアリング大手の中国国際工程諮詢(CIECC)の3社だった。この「共産中国軍事企業」というリストは、国防総省が2020年6月に新設したリストで、中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)、通信キャリア最大手の中国移動(チャイナモバイル)、宇宙開発企業の中国航天科工などが指定されている。
中国企業による企業買収を次々と阻止する欧州諸国
欧州諸国も中国による半導体関連企業の買収に対する規制を強めており、今後もその動きは一層、エスカレートしていくものと思われる。
ここで主要国であるイギリス、ドイツの動きを見てみよう。
(1)イギリス
英国政府は2021年11月16日、国家安全保障・投資法に従って、中国企業傘下であるオランダの半導体製造企業ネクスペリアによるウェールズのマイクロチップ工場ニューポート・ウエハー・ファブの買収の撤回命令を発表した。ネクスペリアは、2019年に中国の半導体製造企業ウイングテックの子会社となっており、同社は2021年7月5日にニューポート・ウエハー・ファブの資本の86%を追加取得し、100%所有していた。しかし、英国のBEIS相(注)は、この買収を国家安全保障のリスクとみなし、追加取得分の売却を命じた。この国家安全保障・投資法とは、安全保障のため、BEIS相に買収案件の精査や介入の権限を与えており、同相は買収への条件付加、完全なる阻止を命じることができるほか、既に買収が完了している場合にもその撤回を命じることができるとされる。
(注:BEISビジネス・エネルギー・産業戦略省Department for Business, Energy and Industrial Strategyの略称、2016年ビジネス・イノベーション・技能省とエネルギー・気候変動省が統合されて設立)
(2)ドイツ
ドイツ連邦政府は2021年11月、中国系企業によるドイツの半導体関連企業の買収を不許可とする閣議決定を行った。ドイツのエルモス・セミコンダクターの西部ドルトムントにある半導体工場をサイレックス・マイクロシステムズが買収する投資計画について審査した結果だ。サイレックス・マイクロシステムズはスウェーデンの同業の半導体メーカーで、親会社は中国の賽微電子(サイ・マイクロエレクトロニクス)だ。経済・気候保護省によると、この買収はドイツの秩序と安全保障を脅かす可能性があり、条件付きで買収を承認するなどの穏便な措置ではリスクを排除できないため不許可と判断したとのことだ。
また、ドイツ連邦政府は、ミュンヘンを本拠地とする半導体産業向け熱管理ソリューション企業ERSエレクトロニックの中国企業による買収案件も審査し、エルモスの案件と同様に、ドイツの秩序と安全保障を脅かす買収と判断し不許可とした。
日本は今後、どう対応していくべきなのか
今回、日本政府は、米国と共同歩調をとって、半導体製造装置の輸出規制を実施する。その真意はもちろん、半導体の軍事利用を阻止することだ。だが、中国は半導体製造装置の世界最大の市場で、製造装置に強みを持つ日本企業にとっても大きな市場となる。日本政府は、今回の規制に先立ち、半導体関係の主要企業に幅広く意見を聴取するとしているが、今回の規制がそれら企業に大きな影響を与えることは必至だ。
そもそも半導体の製造工程は、大きく3つに分割される。第一に設計・シリコンウエハ製造工程、次に前工程、最後に後工程となる。まず、最初の工程で、半導体の基板となるシリコンウエハを製造し、次の前工程でシリコンウエハの洗浄や回路の転写などを行い、最後の後工程でシリコンウエハ上に作られた半導体チップを細かく切り出して製品化する。これらの工程には、半導体製造装置が使用されており、日本の半導体製造装置メーカーは世界のトップクラスにある。例えば、「東京エレクトロン」は半導体製造装置の世界シェアで2021年に3位になった大手企業で、「アドバンステスト」はウエハ検査の工程、「レーザーテック」はフォトマスク関連装置、「ディスコ」はウエハの研磨とダイシング、「東京精密」はウエハ検査など、いずれも世界的に注目されている企業だ。
日本半導体製造装置協会(SEAJ)によると、2021年度の日本製半導体製造装置の売上高は3兆4,430億円で、うち中国向けの輸出は前年度比57%増の9,924億円と全体の約3割を占めたとのことだ。2022年度もロシアのウクライナ侵攻の長期化などの障害はあるものの、17.0%増の4兆283億円、2023年度も安定した成長を見込んでおり、同5.0%増の4兆2,297億円、2024年度も同5.0%増の4兆4,412億円と右肩上がりのプラス成長が続くとの予測を示している。
日本政府の今回の規制は、こうした予測に冷水を浴びせることになりかねないが、日本が関わった半導体が中国に軍事利用されて、台湾や日本を攻撃もしくは威迫することに使われるのは何としても避けなければならない。ウクライナ侵攻や台湾有事など緊迫する国際情勢の中、こうした米国主導の規制は、エネルギーや先端技術関係などで引き続き行われるとみられ、日本政府はこれからも難しいかじ取りを強いられるだろう。日本政府の積極的な財政支援や大学との共同研究の促進が日本の半導体製造業にさらなる躍進の機会を与えることを切に期待している。