《日英関係コラム Vol.4》
日英伊同盟の勧め―地政学の視点から

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研究員 橋本量則

 日英伊が共同で次期戦闘機を開発すると発表した2022年12月9日、英国のスナク首相は次のように語った。
 
我々に害をなそうとする者が我々に触れることすらできないように、我々は防衛技術の最先端を常に走らなくてはならない。本日発表したイタリア、日本とのパートナーシップはそれを目的としており、また、ヨーロッパ大西洋の安全保障とインド太平洋のそれは不可分であることを示している。
 
 同時にスナク首相は、次期戦闘機開発が防衛産業の雇用を生み、それが英国と同盟国の防衛に寄与するとの見解も示した。目先の利益や法律論に明け暮れる日本と違い、英国の視野は広く、長期的である。
 
英伊の技術力
 英国が次期戦闘機の共同開発相手の1つにイタリアを選んだことについて、日本人はあまり納得がいっていないようである。日本人の目にイタリアが協力相手として心許なく映ってしまうのは、現在イタリアが中国の「一帯一路」に協力的な立場を取っていることや、かつての日独伊同盟の時の苦い経験があるからであろう。
 しかし、時代の最先端を行った古代ローマ文化やルネサンスの伝統を継承するイタリアを過小評価してはなるまい。特定の分野では日本の先を行っている製造業もある。例えば、自動車レースの最高峰F1に黎明期から参戦し、何度もタイトルを獲得しているフェラーリの持つ技術は、市販車には積めなくても最先端のものである。市販車部門では世界トップクラスの日本の自動車メーカーでさえもコンストラクターとしてF1のタイトルを獲得したことは1度もない。
 また、近年F1でタイトルをフェラーリと分け合ってきたのは全て英国に拠点を置くチームである。現在、英国資本の大手自動車メーカーは存在しないが、英国は確実に先端技術を開発する能力を持っている。大量生産には向かないが開発力があるという点では、英伊は共通する。両国ともに哲学者(科学者)と職人(エンジニア)を数多く輩出した国でもある。
 ドイツやフランスもこれに劣らぬ伝統を持ち、さらに、大陸国家の豊富な資源を背景に大量生産の能力も持つため、資本力、工業力としては独仏が英伊を上回る。だが、一般向けの大量生産の規模が大きくなるほど、先鋭的・革新的な発想は難しくなりはしないか。ドイツやフランス(時には日本)の大手自動車メーカーがF1に参戦する理由は、最先端の現場で技術力と発想力を磨くためでもある。F1が走る実験室と呼ばれる所以である。
 英伊の目には、日本は未だにF1のタイトルを取れない国、航空機を自前の技術で生産できない国と映っているのかも知れない。
 
地政学的な判断
 地政学的に見ると、イタリアと組むという英国の判断は正しい。英国は海洋国家である。シーレーンを強力な海軍で守らなければならない。欧州でそのパートナーとなれるのはイタリアしかない。イタリアが地中海の要であるからだ。地中海の中央に突き出したイタリア半島を制する者は、地中海を制することができる。これは古代ローマ以降、歴史が物語っている。故に、イタリア半島は地中海に勢力を伸ばそうとする者の標的になる。中世には北アフリカのイスラム海賊の標的になった。その対抗策としてイタリアの通商都市国家、ベネチア、ジェノヴァ、ピサ、アマルフィなどはいち早く海軍を創設した。現在のイタリアもこの海軍の伝統を受け継ぐ海洋国家としての面を持っているのである。
 ただ、半島国家の宿命で、大陸勢力が強大な時にはその勢力下に置かれてしまう。中世以降、イタリア半島に統一国家は存在しておらず、様々な都市国家や領国の乱立した状態であった。当然、その時々で強大な大陸勢力の影響下に置かれてきた。マキャベリが嘆いたのはまさにこの状況で、「強い君主」の必要性を説いた。それが「君主論」である。それは常に纏まりを欠くイタリア人の頼りなさの裏返しでもある。地中海のシーレーンを確保したければこのようなイタリアと手を結び、しっかりとこちらの陣営に留めておく必要がある。
 かつて英国はイタリア・シチリア島の南約100キロに浮かぶ島マルタをフランスから奪い、領有し、そこに海軍基地を置いた。これにより地中海のシーレーンを守っていたのだが、マルタは独立後共和国の道を選び、1979年代英国は軍を引き上げた。因みにマルタには、英国の同盟国として第一次大戦中、地中海に派遣された日本海軍将兵の慰霊碑が今も残っている。英国と同盟を組むならば、日本も地中海のシーレーン防衛に無関係ではいられないのである。
 
グローバルな海洋戦略
 英国はEU離脱後の世界戦略として「グローバル・ブリテン」を掲げている。かつての大英帝国のように、世界の海に乗り出すのである。とりわけ重要になるのが地中海の航路である。英国の艦船がインド太平洋へ向かう時、スエズ運河、紅海を抜けてインド洋に出ることになる。その際、地中海は必ず通らなければならない。実際、2021年夏、空母クイーン・エリザベスがインド太平洋に赴いた時も地中海を抜けていった。
 その途中、2021年6月、同じNATOの同盟国としてイタリア海軍と共同演習を行なっている。イタリア海軍の駆逐艦アンドレア・ドーリアがこれに参加し、空母クイーン・エリザベスと行動を共にした。因みに、アンドレア・ドーリアはルネサンス期にイスラム海賊討伐や対オスマン帝国戦で活躍したジェノヴァ出身の海軍提督の名である。イタリア海軍はこの伝統と誇りを受け継いでいるというわけだ。
 また、同6月、英国空母打撃群の駆逐艦ディフェンダーが黒海に入り、クリミア半島沖を航行して見せ、これにロシア軍が実弾で威嚇するという出来事が起こった。地中海は黒海とも繋がっており、当然そこにはロシア海軍がいる。つまり、地中海は大陸勢力と交錯する場所ともなる。英海軍はこれを牽制しなくてはならない。
 空母クイーン・エリザベスが太平洋から戻ってきた後の2021年11月、空母クイーン・エリザベスは再びイタリア軍と合同訓練を行なっている。この訓練中、イタリア海軍の空母Cavourが搭載するF35Bが欧州NATO加盟国のものとしては初めてクイーン・エリザベスに着艦している。また、クイーン・エリザベスが搭載する米海兵隊のF35BがCavourに着艦する訓練も行われた。これは米英伊が空母とF35Bの共同運用を考えていることを示している。
 このような事を考慮すれば、英国がNATO同盟国の中でもドイツやフランスではなくイタリアをパートナーに選び、今後関係を深めていきたいと考えても全く不思議ではない。
 地政学的に見て、地中海における英国のパートナーがイタリアであれば、太平洋ではそれが日本になる。インド洋におけるパートナーはインド、東南アジアではシンガポールになるだろう。これらの国の海軍力、空軍力はまだ日英伊のレベルにはないが、英連邦の国であり、英国との関係は深い。少し大袈裟な言い方をすれば、日英伊が手を結ぶということは、かつてのローマ帝国、大英帝国、大日本帝国の海洋戦略拠点を繋いでユーラシア・リムランドを大陸ハートランド(露・中)勢力から守ることを意味する。歴史的に見てこの3つの帝国のライバルは常にゲルマン、ロシアなどの大陸勢力であった。日英伊の協力関係は実に理にかなっているのである。
 日米同盟は重要である。だが、この際、日本もより積極的にこのようなユーラシア・リムランド防衛のグローバル戦略を打ち出すべきであろう。日英伊の次期戦闘機共同開発はこの呼水になり得る。さらに、この新型戦闘機をインド、シンガポールなどに輸出すればリムランド防衛が盤石になること必定である。