持たざる国日本の難題、世界の安全保障に直結する重要鉱物の確保

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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷昌敏

 これからの未来世界を展望すれば、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、電気自動車の普及に伴う蓄電池、モーターなどの大量生産の必要性が予想され、銅、レアアース(希土類)、リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイト、マンガンなどの需要拡大が見込まれている。問題なのは、重要鉱物の加工プロセスと製造技術のほとんどが中国に集中しており、世界のリチウムの約60%、その他の重要鉱物の約80%を精製し、電気自動車用蓄電池の約80%以上の生産を独占していることだ。
 さらに中国政府は、レアアースを使った高性能磁石などの製造技術の輸出を禁止する処置を検討しているとされ、米国の対中締め付けに対抗する。中国は、半導体規制をはじめとする米国、日本、欧州諸国による圧力の中、重要産業のサプライチェーンを自国内で完結させる政策を進めており、今後、レアアースのような世界シェアが圧倒的に高い分野を武器として、米国やその同盟国に圧力をかけていくものと思われる。中国が製造技術を禁輸すれば、磁石メーカーを持たない米欧は新規参入が困難となり、中国に完全に依存を強いられる状況となる。中国は設備投資を進めて大規模生産による低コストでの磁石製造を進めており、今後、さらに市場を席巻する可能性がある。
 中国はどのようにして、レアアースの生産と磁石製造技術を世界トップにしたのだろうか。
 
中国のレアアース産業の再編
 2021年12月、中国の6大レアアース生産企業のなかの3社が合併し、新たな国策企業「中国稀土集団」が発足した。中国稀土集団は、中国政府の国務院国有資産監督管理委員会(国資委)の直轄下にある「中央企業」として新設された。母体となったのは国有アルミ大手の中国鋁業集団(チャイナルコ)の子会社である中国稀有稀土、国有非鉄金属大手の中国五鉱集団傘下の五鉱稀土、江西省贛州市政府系の贛州稀土集団の3社が中心となって、それにレアアースの技術研究開発を行う中国鋼研科技集団、有研科技集団の2社が加わった。
 中国のレアアース産業は、今回合併した3社のほか、国有鉄鋼大手の包頭鋼鉄集団傘下の北方稀土集団高科技、広東省政府系の広東省稀土産業集団、福建省政府系の福建冶金控股傘下の厦門鎢業の3社であり、これら6大企業が国家自然資源省および工業情報化省が毎年定めるレアアースの採掘および分離・精製の割当量に基づいて生産を行ってきた。中国政府は2003年以降、レアアース産業の大規模な再編を3回にわたって実施したが、その狙いは、中小規模の企業の乱立による過剰採掘や環境汚染が横行したことに対する対策で、過当競争による値崩れで産業全体の競争力が高まらない悪循環を断ち切ることにあったとされる。
 
中国にレアアース技術を盗まれた日本
 日本政府は軍事転用が可能な貨物や技術の輸出管理について、外為法に基づき、大量破壊兵器などに転用される恐れが強い物資を列記して規制する「リスト規制」と、リストに記載されていなくても幅広い規制を可能にする「キャッチオール規制」を実施してきた。日本政府もレアアース関連技術の重要性を理解し、「リスト規制」や「キャッチオール規制」を活用して中国への技術漏洩防止に力を入れてきたが、日本のメーカーが中国に合弁企業を設立して現地生産に力を入れるようになると企業内での技術漏洩に歯止めがかからず、先端磁石製造装置も中国に大量に売却された。それに伴い中国メーカーが技術力を急速に高め、安価な高性能磁石が大量に出回るようになったため、日本メーカーは見る見るうちに中国メーカーに市場を明け渡す結果となった。
 現在、中国への技術漏洩が安全保障領域まで脅かすに至った原因は、中国による悪意ある外資優遇政策に乗って、経済合理性最優先の旗の下、中国での現地移転を急いだ日本の産業界と技術漏洩を防止できなかった政界と官僚たちにその責任の一端があると言えよう。
 
持たざる国日本はどう対応するべきか
 中国が規制しようとする技術は、元々日本の技術だったものだ。それを規制するとなれば、必然的に日本の技術も規制の対象となってしまう。世界の高性能磁石の80%以上を独占する中国にとって、今でも約15%のシェアを維持する日本を排除すれば、世界のレアアース市場の完全制圧に成功する。日本は、米国など12ヵ国が参加する「鉱物資源安全保障パートナーシップ」(Minerals Security Partnership, MSP)の中心国として、レアアースのサプライチェーン確保と代替素材の開発、製造技術の高度化に力を入れるべきだ。既に米国はリチウムの採掘とバッテリーの製造強化、レアアースの生産拡大に向けて製造の効率化や新しい鉱山の開発に力を入れている(MSPについては注参照)。
 また、未だに沈静化しない中国への技術漏洩にもその防止策を検討するべきだ。先進国で日本だけが持っていないスパイ防止法、機微技術を取り扱える資格であるセキュリティ・クリアランス制度、脆弱なサイバーテロに対する法整備など対策を強化する手はいくつでもある。中国やロシア、北朝鮮などの覇権国家は、何万人何十万人という情報機関員を使って、日本の技術を狙っている。対策はいくら立てても、これで十分ということはない。今後の国際関係の動きを見据えれば、経済安全保障とインテリジェンス部門の強化は日本の喫緊の課題だ。
 
(注)MSPとは、クリーンなエネルギー転換に不可欠な重要鉱物資源(ニッケル、コバルト、レアアース等)のサプライチェーンの強靭化を確保するため、米国の主導により、2022年6月に立ち上げられた協同体。MSPは、メンバー国間で情報共有を行い、環境、社会、ガバナンス(ESG)基準に準拠した戦略的な鉱山開発・精錬・加工、投資の呼び込み、鉱物資源のリサイクル・リユースの実現などを目指している。(主要メンバー国:米国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、EU、オーストラリア、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、韓国、日本)
 
(参考資料)
「中国でレアアース「新・国策企業」が発足の背景」『東洋経済』2022年1月7日付
「レアアース磁石採鉱から製造まで完結、世界で唯一中国だけ…脱炭素の主導権握る構え」『読売新聞』2023年4月5日付
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