《日英関係コラム Vol.11》
シー・パワーとは何か−日英の地政学的共通性を探る

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研究員 橋本量則

はじめに
 昨今、地政学という言葉を聞かない日はないほど、地政学は市民権を得てきている。だが、地政学が実際にどのような学問であるのか、一般にそれほど理解が深まっているわけではない。そこで、本稿では、地政学とはどんなものか、とりわけ日本にとって重要な海上権力、つまり「シー・パワー」とは何かを簡単に説明したい。その上で日英関係の進むべき道を考えてみたい。
 
地政学とは
 地政学とは何か。一言で言えば、地理的要因が政治・軍事に与える影響について研究する学問である。果たしてこれが真の学問であるか否か、つまり、虚構論理ではないのかということに関して議論が尽きないところではあるが、同じことは程度の差こそあれ、国際政治学、国際関係論にも言える。この社会科学系の学問が持つ虚構性の問題については、本稿の目的ではないのでこれ以上は扱わない。
 ただ、1つ確実に言えることは、国際政治の舞台で重要な役割を果たす国の政治家、軍人はこの地政学をよく学んでおり、彼らがそれに基づき国を動かすことによって、地政学は現実世界に生き抜く上で必須の知識・術になっているということである。日本は戦後、これをGHQによって禁じられてしまったのである。
 その地政学には、大きく分けて2つの系統がある。1つは大陸国家が採用する大陸型、もう1つは海洋国家が採用する海洋型である。前者を一言で言えば「(ユーラシアの)ハートランド(中心の土地)を制するものは世界を制す」であり、後者の場合、それが「海洋及びリムランド(ユーラシアの沿岸地域)を制するものは世界を制す」となる。大陸国家は基本的に農業国家であり、資源も豊富で自給自足が可能である。一方、海洋国家は通商国家として交易で生きる。この生き方の違いが政治や軍事戦略の面での行動の違いとなってくるわけである。
 海洋国家の代表例は、英国、日本、中世のベネチアなどである。大陸国家の代表例は、ロシア、中国、ドイツ、フランスなどである。その他に、半島国家というものがあり、大陸勢力と海洋勢力の狭間にあり、どちらかの勢力が強い場合はその勢力下に置かれ、両勢力が均衡すれば分断される運命にある。朝鮮半島、イタリア半島、そして、実は欧州大陸がこれに該当する。
 では、米国はどれに該当するのであろうか。強力な海軍を持ち、それを世界に展開し、シー・パワーを維持していることから、米国も海洋国家と言える。だが、広大な領土を持ち、食糧と資源を自給自足できる大陸国家としての特性も併せ持つ。この点、英国や日本のような純粋な海洋国家とは戦略的思考が異なる。発想がどこか大陸国家的・覇権主義的なのである。
 
マハンのシー・パワー理論
 その米国が海洋国家・海軍国家に変貌するきっかけを作ったのが、米海軍士官アルフレッド・セイヤー・マハン(1840-1914年、最終的に海軍少将)である。マハンが記した『海上権力史論』(1890年)は米国内に留まらず、諸外国にもセンセーションを巻き起こした程で、特に米国では海軍次官、副大統領、大統領と権力の座を上り詰めたセオドア・ルーズベルトがこれを高く評価していた。これにより、米国はシー・パワーを国策の中心に据えることとなったのである。
 マハンが『海上権力史論』で取り上げたのは、当時、世界規模の海洋帝国を維持していた英国の特性である。海洋国家を築くには、ある特定の条件が必要であるとマハンは明確に述べており、マハンが海洋国家の力、つまり、シー・パワーの源泉と考えたものとは、物的・人的資源、国民的適性、港湾の位置などであった。従って、このシー・パワーの概念は、単なる海軍力の枠を越えて、海軍力の基盤となる海運業や商船隊、さらにその拠点となる港湾や海外基地をも含むことになる。
 海軍と商船隊の関係を、マハンは次のように述べている。「狭義に解した海軍、つまり艦隊の必要は商船隊の存在とともに発生し、商船隊の消滅とともに消え去るといってよい1。」つまり、海軍本来の役割は商船隊の保護にあった。海洋国家の国富は商船隊によってもたらされるのであるから、当然である。海洋国家には商船隊の保護、海上通商路の安全確保、中継根拠地の設置が平時から求められ、この貿易・海運を含む海の総合力の有無が海洋国家の条件となる。
 ただ、マハンが説いた海洋戦略は制海権の確立を第一としているため、敵艦隊の殲滅を重視する。これは伝統的な海洋国家の発想ではない。フロンティア、西部開拓と称して領土と覇権を西へ西へと広げてきた米国特有の膨張主義的な発想のように思われる。本来の海洋国家は、民間の力を含めた海の総合力向上に注力するものである。
 
英国のシー・パワーの源泉
 その海洋国家の典型が英国である。英国の地理的位置の利点について、マハンは「陸上で自衛手段を講じる必要もなく、また自らの領土を陸続きに拡張する誘惑にも駆られないような位置2」「攻勢に出るのに便利であるうえに、容易に海洋に出ることができ、さらに世界の大通商路の一つを支配できるような地理的位置3」にあり、位置の戦略的価値が極めて高いと述べている。
 また、ドーバー海峡を隔てて隣り合う英仏の地勢的形態の違いが両国に及ぼした影響についてマハンは、「フランスには気候温和で快適な土地があり、国内の産物で自国民の需要を十二分に満たしうる」一方で、英国は「自然の恩沢に乏しく、その製造業が発達するようになるまでは、輸出品も僅少であった」と述べ、諸資源を欠く状況が英国に海上進出を促す諸条件の1つであったと述べている4
 これには国民性も大いに影響している。マハンは次のように述べる。
 
 《もし海上権力が真に平和的通商の拡張に基礎を置くものであるとすれば、通商への適性こそ、過去において偉大な海洋的発展を遂げた諸国民の特性でなければならない。この命題がほとんど例外なしに正しいことは歴史が証明している5。》
 
 そしてマハンは、英国人やオランダ人がこの通商の適性を持っていると指摘している。フランス人やスペイン人、ポルトガル人はその点では英蘭人たちに及ばないのだという。つまり、英国人は、海上の危険やその恐怖のために海洋貿易による富の追求を思いとどまるような民族ではなく、その冒険的気質と良好な海岸帯などの地形的条件により海洋通商国家として発展し、シー・パワーを確立するに至ったということになる。
 英国の植民地経営とそれと表裏一体をなす海軍力は英国の国民性によって支えられていたが、そこには英国政府の性格も大いに関係していた。マハンは、英国がシー・パワーを堅固に維持する決意を固め海軍力を整備し得たのは、その政治制度によるところが大きかったと述べている6。それは貴族階級が英国の統治権を握っていたためである。「栄光」を重んじる彼らは躊躇なく海軍力の維持に財政支出を決定し得た。また、国富を維持するという観点からも、貴族階級は貿易問題に高い関心を持っていた。加えて、英国の議会制民主制度が、英国人の国民性を反映した通商政策を長年に亘って継続することを可能とした。独裁者の死や心変わりによって政策が変更される独裁国家には、これが意外と難しい。
 
日英同盟の必然性
 ここまで、マハンが注目した英国の地政学的な特性を簡単に見てきたが、これを念頭に日本を見た時、日英両国の置かれた立場が如何に似通ったものかが分かるだろう。日本は太平洋に面した島国で、通商国家、民主国家である。まさに英国と同じく海洋国家である。鎖国した江戸時代は例外的な時代であったが、古代から海外との交流を盛んに行なってきた日本人は、海に漕ぎ出し、通商を行なってきた民族である。この基盤無くして、明治以降、日本が短期間で再び海洋国家として国際社会に登場することなどあり得なかった。
 第二次大戦に敗れるまで、日本は英米と並ぶ三大海軍国の一角を占めていた。その海軍政策はマハンの影響を大いに受け、同じくマハンの『海上権力史論』をきっかけに大海軍を建設し海洋国家への転換を果たした米国と太平洋上で激突したのである。
 日本は太平洋における海上覇権争いに敗れ、海軍を解体されたが、マハンも述べているように、シー・パワーの源泉としては民間の貿易経済が重要なのである。戦後、経済復興を遂げた日本は再び海洋国家の道を歩んでいる。しかも、大海軍を持たないでこれを行っている。倉前盛通は『悪の論理』の中で、総合商社は現代の連合艦隊であると述べたが7、言い得て妙である。大海軍の代わりに総合商社が海外へ展開し、海洋国家日本の支柱となり、経済的繁栄をもたらしてきたというわけだ。つまり、海洋国家・日本の生きる道は今も海洋型地政学にあるということだ。
 英国も戦後、植民地を失い、それに伴い必要性がなくなった大海軍を縮小せざるを得なかった。植民地抜きに大海軍を支えることは財政的にも難しかった。先の大戦によって帝国と大海軍を失ったという点でも日英は共通する。この日英が今、CPTPPを通じて自由貿易で結びつき、安全保障の面でも準同盟国にまで関係を深めている。これは日英同盟以来の海洋国家同士の結合、つまりリムランドの要である東西2国の結束となる。
 この所謂「新日英同盟」が意味するものは地政学的に見れば単純明快である。権威主義的な傾向の強い大陸国家のランド・パワーに対抗するため、リムランドの要である日英が結束し、そのシー・パワーにより海上の自由、そして、そこから得られる経済的繁栄を守り抜く断固とした決意である。
 そして、日英の結合が成った今、日米英の三大海洋国家がついに結束したことになる。このシー・パワー結合の地政学的・歴史的意味は非常に大きく、そして深い。
 
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1.  麻田貞雄(編・訳) 『マハン海上権力論集』(講談社学術文庫)p.67
2.  同p.70
3.  同p.71
4.  同p.74
5.  同p.78
6.  同p.85
7.  倉前盛通『悪の論理』(角川文庫)p.39