日経新聞によると、DMG森精機のドイツ子会社製とみられる工作機械が中国の核開発研究機関「中国工程物理研究院」(CAEP)で不法に使用されていることがわかった。CAEPは1997年に米国の輸出規制リストに掲載されたにもかかわらず、2020年以降もインテルやエヌビディア(NVIDIA)など米国製の半導体を手に入れ、研究を続行していた。CAEPは中国で最初の水素爆弾開発に貢献するなど、核開発分野では中心的な研究機関とされている。
今回、流出した工作機械は、5軸加工機「DMU60 monoBLOCK」と呼ばれる。2023年以降の製品は、不正な移設を検知する装置を設置して機械そのものを止めることができるが、流出した工作機械は、2010年~2011年ごろに製造したもので、不正な移設を検知する装置は設置されていなかった。
5軸加工機は、切削や研削などの機械加工ができるマシニングセンタに回転軸・傾斜軸の2軸を追加した機械のことだ。一般的にX・Y・Zの直線3軸で構成されているマシニングセンタは、工具を自動で取り替え、多種類の加工を一度に行える。5軸加工機は、ワークもしくは機械ヘッドを傾けることで、深物加工であってもより短い刃具を使用することができる。グリルラジエーターやヘッドランプのような深物の金型製造や、ファンヒータケースのような深物の部品加工において非常に有効で、加工速度を落とさずに精度を向上し、安定した品質を得ることが可能だ。
CAEPで使われていた5軸加工機は、核関連施設で使われるターボ分子ポンプなどの製造に使用したものとみられている。核関連施設に設置される真空排気設備においては、主排気ポンプとしてターボ分子ポンプが広く利用されており、多くの羽根を持つ金属タービンは、この分子ポンプに組み込まれている。分子ポンプ内では、金属タービンを毎分最大9万回転させてガスを排気し、ポンプ内で真空を生み出す。完成した分子ポンプは、真空状態を作り核物質の濃縮度や組成を解析する。こうした分析を繰り返すことが核兵器に必要となる高濃度の核物質を作る過程となる。最終的に濃縮度90%以上のウラン235やプルトニウム239が完成するとされる。
CAEPはどのように工作機械を手に入れたのか
中国の工作機械生産額は2022年に1823億元(約3.6兆円)に達した。世界最大の生産額ではあるが、5軸加工機を含む高性能な機械の大部分は輸入に依存しており、その7割ほどを主に日本とドイツに頼っている。CAEPのホームページによると、「現在、機器用の小型複合分子ポンプは、価格が高く、供給サイクルが長いため、少数の外国企業によって独占されており、国内機器の持続可能な開発を深刻に制限している。そのため国内の有力な大学や専門機器開発企業などと一流の技術研究開発チームを設立し、主要技術を克服して内製化した」などと国産品の開発に成功したとしている。
CAEPがどのように5軸工作機を手に入れたのかは不明であるが、次のいくつかの手法を使ったものとみられる。
① 発送元の国から第三国を経由して仕向け地に転送した
② 実態のないフロント企業を作り、取引先に虚偽の需要者や用途を申告した
③ 第二次転売、第三次転売を繰り返してメーカーの追跡不能とした
④ 経営の苦しい企業もしくは破産した企業を買収して、工作機械を手に入れた
このうち、④については、日本の場合、近年、後継者問題を抱える中小企業が増加していることがその背景となっている。70歳を超える高齢者が経営する中小企業のうち、100万社以上が後継者不在といわれており、廃業確実の会社がますます増加する傾向にある。中国はこうした日本の窮状に対して、企業買収という手段を使って技術移転に努めてきた。特に製造業では、日本ばかりではなく、米国、英国、ドイツなどの工作機械、工具メーカーを積極的に買収してきた。こうした製造業における先進国企業の買収による技術やブランド、そして販売ネットワークの獲得が中国の競争力向上にとって極めて重要だった。
日本に対するM&Aの具体的な事例については、大手自動車メーカー比亜迫 (BYD、広東省)が、 2010年 4月に業績悪化の金型大手オギハラ(群馬県太田市)の館林工場(館林市)を買収し工場の土地、建物および設備のほか、約80人の従業員を引き継いだ事案がある。BYDの買収目的は、自動車の車体を複雑に成型できる高い技術と技能を取り込み、中国で生産する車種に活用することである。当時のBYDでは、デザイン性と剛性が必要な車体用金型を生産することは技術的に困難だった。買収後は、中国人社員を日本に派遣して現場研修を通じてオギハラのベテラン技能者から技術習得し、館林工場で生産した高精度の金型を中国の自社工場の自動車生産ラインで使用した。
このオギハラの買収によって、BYDは従業員、設備、販路を含めた事業を一括して手に入れることができ、以降、金型技術を大きく向上させて売り上げを伸ばした。短期で確実に技術を獲得することができた効果的な買収の事例として高く評価された。
続発する技術盗用事件
今回の工作機械流出事件ばかりではなく、日本の高度技術を狙った事件が相次いでいる。
〇2020年、積水化学工業元研究員がスマートフォンのタッチパネルなどに使われる「導電性微粒子」と呼ばれる電子材料の製造工程に関する機密情報を潮州三環グループの社員に漏洩した容疑で書類送検された。
〇2023年6月、国立研究開発法人「産業技術総合研究所」の研究データを持ち出したとして、中国人研究員が逮捕された。同研究員は20年近く産総研に勤務する一方、中国人民解放軍と関係があるとされる「国防7校」の1つ、北京理工大教授にも就いていた。
〇2023年10月、ガラス容器製造会社「日本山村硝子」(兵庫県尼崎市)のガラス瓶製造技術に関する営業秘密を持ち出したなどとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の疑いで元社員2人が逮捕された。同社は国内のガラス瓶生産の業界シェアトップとされる。
こうした技術流出事件の続発は、戦略的に極めて重要な産業の高度技術が中国に狙われていることを示している。日本の技術力が盗まれていけば、国力が低下し、技術の優位性や競争力が削がれ、「失われた30年を取り戻す」どころか、国家の安全保障さえも脅かすことにもなりかねない。セキュリティクリアランス制度など日本政府の更なる技術漏洩防止策に期待したい。