日本の秘密特許制度とは何か、米国との比較

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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷昌敏

 日本は、1899(明治32)年に秘密特許制度を導入した。戦前は、特許庁審査官の2割ほどが、陸海軍からの技術士官で占められていたが、第2次世界大戦終結後の1948(昭和23)年、秘密特許制度は廃止となった。日本国憲法によって軍隊を持たなくなった日本に軍事技術を保全する必要性はなくなったからだと言われている。その後の国際情勢の変化によって陸海空自衛隊を保有するに至ったものの、秘密特許制度が再び整備されることはなかった。だが、現代において秘密特許制度を有しない国家はむしろ極めて稀な存在だ。戦争終結後80年経った今、やっと日本においても秘密特許制度が復活しようとしている。
 
 日本の秘密特許制度とは
 本年5月1日より、特許出願非公開制度(以下、秘密特許制度)が開始される。
 この秘密特許制度は、2022年5月11日に施行された経済安全保障推進法に基づいて行われ、推進法は次の4本の柱からできている。
① 半導体などのサプライチェーン(供給網)確保
 企業に、半導体や医薬品などの特定重要物資に関する供給計画の作成を求める。政府が有効と認定すれば、助成金などを通じ支援する。特定重要物資は政令で定める。
② 基幹インフラ(社会基盤)の事前審査
 事前審査制度は、電気、鉄道、金融などの14分野を対象としている。事業者は、鉄道の運行管理システムといった重要設備の導入に際し、機器名や時期を記した計画書を政府に提出。政府は、脆弱性を認めれば、改善の勧告・命令を行う。
③ 先端技術開発の官民協力
 先端技術開発に関しては、官民による協議会を設け、AI(人工知能)や量子などの開発に基金を通じ資金援助する。特許非公開の対象は原子力や武器開発を念頭に置く。政府が保全が必要だと判断すれば、出願技術を非公開とする。
④ 軍事転用可能な機微技術の特許非公開
 軍事転用のおそれがある技術を特許公開とせず、国が特許料を支払って特許を非公開とする(秘密特許制度の採用)
 
 この秘密特許制度は、特許庁ホームページによると、特許出願の明細書等に、公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されていた場合には、「保全指定」という手続により、出願公開、特許査定及び拒絶査定といった特許手続を留保する。
 特許出願を非公開にするかどうかの審査は、特許庁による第一次審査と内閣府による保全審査(第二次審査)の二段階に分けて行われる。また、制度開始後は、一定の場合に外国出願(特許協力条約に基づく国際出願、すなわちPCT国際出願制度も含まれる)が禁止されるので、外国出願禁止の対象となるか事前に特許庁長官に確認を求める制度(外国出願禁止の事前確認)が新設される。
 特許庁の第一次審査では、特許出願の中から、国際特許分類等に基づいて特定技術分野(公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術の分野)に属する発明が記載されている出願を選別して内閣総理大臣(内閣府)に出願書類を送付して保全審査に付する(法第66条第1項)。内閣府では、特許庁から送付された出願についてのみ保全審査を行う。
 なお、特許出願人から特許出願とともに保全審査に付することを求める申出書が提出された場合(同条第2項)には、当該申出において示された発明も、原則として保全審査の対象となる。日本に出願された発明を保全指定して非公開となった場合でも、同じ発明が外国で出願されて公開されてしまっては、保全指定した意味がないため、制度開始後は、日本国内でした発明で公になっていないもののうち、日本に特許出願すれば保全審査に付されることになる発明は、原則として、外国出願よりも先に日本に特許出願(第一国出願)しなければならない(法第78条第1項本文)。
 
 米国の秘密特許制度とは
 現在、各国で行われている秘密特許制度とはどのようなものなのだろうか。
 米国を例にとると、同国の秘密特許制度は、特許法の第181条に記されている。
 原子力委員会、国防長官および大統領が指定する国防関連の政府機関が、特許出願された発明について秘密にすべきかを判断した上で、特許庁長官が秘密指定する。秘密指定されると、特許審査は凍結され、秘密解除になるまで特許権は付与されなくなる。
 出願人は、発明の公表を禁じられ、外国出願もできなくなる。これに違反すると罰金や懲役などの罰則を科されることになる。
 秘密指定された発明は公表されない。秘密期間は1年以内だが、秘密指定された発明は1年ごとに秘密継続の必要性についてチェックされることになっている。通常、秘密期間は数年続く。
 出願人は、このような不利益の埋め合わせとして補償金を請求できる。出願人としては、特許権を取ることができず、発明を公表することすらできなくなる不利益を受けるので、その代償として補償金をもらう。
 米国では、秘密指定される特許出願の出願人は、国の研究機関や軍事産業が多く、現在、秘密特許の数は増加傾向にあると言われる。
 
 こうした米国並みの秘密特許制度を日本が持つことは、国家のみならず国民の安全を守るために重要な役割を果たすことになる。
 ただし、いくつかの課題があることも確かだ。
 〇軍民両用時代の現在、判断基準が難しい場合がある。例えばドローンの場合、技術の中身は民生用であることが多いが、軍事用ドローンと民間用ドローンの区別をどうつけるのか。
 〇発明のレベルが高く、革新的な技術の場合、政府の補償金が出願人の希望額に達することができるのか。
 これらの課題を解決するためにも、官民の連携がますます必要な時代となっている。