エストニア大使表敬訪問

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研究員 増永真悟

 5月8日、JFSS長野禮子事務局長がマイト=マルティンソン駐日エストニア共和国特命全権大使を表敬訪問した。マルティンソン大使は神戸大学への留学経験やJICAでの研修経験を持ち、過去には駐中国特命全権大使やアジア欧州財団(ASEF)エストニア代表を務めるなど、アジアに造詣が深い人物として知られる。
 表敬訪問の席上、大使と長野は、互いに覇権主義国を挟んでの隣国として、歴史の長きに亘る日エ両国の関係を繙くと同時に、有事の時こそ、同志国との関係を深化するチャンスと捉え推進すべきだとの思いを共有した。
 また、3つの核保有国を隣国に持つ日本の三正面を想定した有事と共に、大規模自然災害併発の可能性など、現在日本が置かれた安全保障環境の厳しさについての大使の見解、理解にも話が及び、長野からJFSSが今年7月に開催予定の第4回「台湾海峡危機政策シミュレーション」に関する概要、シミュレーションの開催目的などの説明があった。台湾有事における日米台の緊密な連携の重要性を踏まえ、現役の政治家が閣僚役として参加するシミュレーションは他に例が無い事なども説明した。机上ではJFSS作成の「東アジア地勢図」が大いに役立った。
 大使はさらに「日本人が常日頃、地震など自然災害に備えているのと同じように、エストニア人には安全保障についての備えができている。是非我が国を訪れて欲しい」と述べ、1940年夏、ソ連がエストニアを含むバルト三国を武力で占領し無理やり併合した際、アメリカがこの併合を国際法違反として一切認めなかった歴史を取り上げ、日本が同じように国際法違反の行為によって奪われた北方領土の返還を訴え続ける事は現在、不当に領土を奪われているウクライナを支援するという意味でも正しいことだと述べた。
 エストニアはまた、EU最大のウクライナ支援国として知られ、GDPの約4%をウクライナ支援に充てている。同国のカヤ=カッラス首相は開戦当初から世界に対しウクライナ支援の重要性を強く訴え、オピニオンリーダーとなってきた。次期NATO事務総長との呼び声も高い。
 1時間以上に亘ったエストニア大使表敬訪問は、日エ両国の歴史的関係や安全保障上の共通点、問題点を確認するよい機会となった。4月のリトアニア大使訪問の面談も併せ、今後の交流に期待したい。
エストニアの首都タリン(Tallinn)。写真の旧市街一帯が世界遺産に登録されている。タリンは「デンマーク人の街」というエストニア語が語源でデンマーク、スウェーデン、ロシアとエストニアの支配者が次々に変わった影響で、それぞれの時代の建築が入り混じっている。
 
《エストニアについて》
 エストニアは1991年にソ連から独立を回復して30年余の人口約135万人の国で、バルト三国で最北端に位置している。日本におけるエストニアのイメージと言えば、電子国家が代表的だが、戦間期にはエストニア軍が日本陸軍とソ連の軍事情報交換のみならず、日エ共同で対ソ謀略を展開していた歴史がある。
 エストニアとの防衛協力の面では、我が国は2023年5月にエストニアの首都タリンに置かれている「NATOサイバー防衛協力センター」(CCDCOE)の正式なメンバー国となり、陸上自衛隊では偵察・輸送用途で導入されたエストニア製無人車輛THeMIS(テーミス)の試験が始まる。また、2024年度中には戦後初となる任国在勤の防衛駐在官がエストニアへ派遣される予定となっている。
 今年3月にはエストニア国防軍最高司令官のマルティン=へレム大将が来日したばかりで、吉田圭秀統合幕僚長との会談が行われた。吉田統幕長のエストニア訪問(23年9月)に対する答礼である。へレム大将はエストニア公共放送(ERR)の取材に対し、日本からデュアルユース製品を輸入し、エストニア製防衛装備に組み込む事で製造価格を抑える事が出来ると述べている。
 戦間期から日本と防衛協力を進めてきた歴史を持ち、先端技術に強いエストニアは今後のNATO・日本間の協力において、特に防衛技術面での有力なパートナー国となるであろう。
首都タリン市内の騎士通り。中世以来の街並みが残るエリアである。左から2番目の家は日本陸軍ロシア駐在武官の小畑敏四郎少佐(当時)がまだ日本とソ連の国交が無かった1920年代初頭にエストニアに駐在していた際、ソ連情報収集拠点として借りていた。