米大統領選 不法入国者たちによる不正投票

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカ大統領選挙も投票までついに1ヵ月を切った。切迫したその終盤戦で不法入国者たちの不正投票という疑惑が大きな影を広げ始めた。本来、アメリカ国籍保有者だけが有する投票権を外国から不法に入国した男女が不当に獲得するのではないかという疑惑である。現段階でも各州でまだ数は少ないとはいえ、実際に不正な有権者登録が摘発された。共和党側はこの点の規制を厳しくする措置を求めるが、民主党側はその動きを自由な選挙への不当な干渉だと反発する。大統領選の最終結果にまで影響を及ぼしうるこの問題への関心が改めて高まってきた。
 アメリカの大統領選で投票できるのは国籍保有者だけだと連邦憲法で定められている。だが実際の有権者登録は自動車運転免許と一体となる事例が多く、選挙のための国籍証明も自己申告がほとんどである。現実の投票の場でも国籍の証明は求められない。そもそもアメリカには日本のような戸籍がないことがこの問題を複雑にしている。
 この状態に対して最近、大きな動きが2つあった。
 第一は連邦議会の下院が7月に本会議で可決した「アメリカ投票資格保護」(SAVE)法案である。共和党主導のこの法案は有権者登録の厳格化や投票時に国籍を証する書類の提示を求める骨子だった。戸籍のないアメリカでは出生証明、アメリカ政府旅券、帰化証明などで国籍を証する。共和党は党全体としてこの有権者登録の状況に懸念をぶつけ、法律による国籍証明の厳格化を訴えてきた。その要請の集大成がこのSAVE法案だった。その背後にはバイデン政権下で少なくとも1100万に達したとされる不法入国者たちの不正投票を防ぐという意図があった。
 この法案は共和党議員が多数を占める下院での表決は221票対198票という僅差だったが、民主党側からも少数とはいえ賛成票が投じられたことが注目された。
 ただし民主党議員が僅差ながら多数を占める上院ではこの法案への反対が強く、いまのところ審議や表決の見通しは立っていない。民主党側では一貫して「不法入国者の不正投票はきわめて少数であり、選挙全体の結果を動かす状況にはまったくない。その状態を誇大に宣伝するのは共和党側による民主党支持者の投票に対する不当な妨害の策謀だ」と反論する。
 第2の動きは共和党側の全米各地合計8州の代表が「アメリカ市民だけの投票を」と題する草の根の組織を発足させたことだった。この組織は9月上旬にワシントンで旗上げの集会を開いた。私もその集会を傍聴した。
 会場にはケンタッキー、ミズーリ、アイオワ、ウィスコンシンなど合計8州からの州務長官、司法長官、州会議員、市会議員ら約30人が集まっていた。そしてまずこれら8州では有権者登録や実際の投票について連邦憲法を受けての州憲法の規定が曖昧なためアメリカ国籍保有者だけが投票権を有する趣旨へと、より明確に改正することを訴えていた。そのうえで同8州の代表たちは、それぞれ自分たちの州で不法入国者の有権者登録が不正に実施されつつあるという実例を報告した。
 その種の不正登録の実例としてはこの集会での報告を含めて、米側の最近の報道などでは以下のようなケースが伝えられている。いずれも今年8月から9月にかけて表面に出た動きだった。

 

  • アラバマ州では地方検事が42歳の女性の不法入国者が2016年と2022年の大統領選挙でアメリカの国籍がないのに不正申告で取得した旅券を使い、選挙権を不正に得て、投票をしたとして起訴した。今回の選挙でも不正投票の意図が明確だった。
  • アラバマ州の州務長官は同州内でアメリカ国籍のない人間が大統領選での有権者登録をしていた実例合計3251件あることを発見し、その再手続きを州内の各郡事務所に指示した。その不正登録の大多数は不法入国者だったという。
  • オハイオ州の司法長官は同州内で非アメリカ国籍の居住者合計137人が不正に有権者登録をし、前回の2020年で実際に投票していたと、発表した。また他の459人が同様に不正の有権者登録をしていたが、実際には投票しなかった。その大多数が不法入国者だったという。
  • テキサス州知事は2016年の大統領選以来、州内で合計6500人ほどの非市民による不正な有権登録があったことが判明したと発表した。そのうち実際に投票したのが約130人だったという。
  • ジョージア州の州務長官は2022年以来、同州内で不正な有権登録を試みて発見された事例は1634件だった、と発表した。その多くが投票前に不正が発覚し、投票にはいたらなかった。だが実際に投じられた不正投票の数は不明だという。
 
 以上のような実例が確認されていても、民主党側は全体としてごく少数だとして、新たな規制や法律の制定には反対する。だが不法入国者の扱いについては共和党側とは根本が異なることは明らかだといえる。不法入国者の不法投票こそ認めないが、やがては不法に入国した巨大な数の男女にアメリカの国籍を与え、当然、投票の権利も与えるという方針なのだ。この考え方の典型例は上院民主党の院内総務チャック・シューマー議員の最近の言明である。
 「アメリカの繁栄への究極の方法は1100万ともされる、書類のない外国からの入国者にみな市民権を与え、アメリカに貢献させることだ」
 シューマー議員の「書類のない外国からの入国者」というのは不法入国者のことである。不法入国者もやがてはアメリカ国民として大統領選挙での投票権をも与えるという基本方針なのだ。ハリス大統領候補は不法入国者への国籍付与までは語らないが、本国への強制送還には反対する。トランプ候補はその強制送還を公約とし、不法入国者の投票に警告を発する。
 上院の共和党議員で駐日大使をも経験したビル・ハガティ氏は「民主党は年来、新規にアメリカにきた移民を獲得する手段に長けており、不法入国者の票も実際に多数、利用してきた。連邦議会の構成もその不正票の利用がなければ、大幅に変わっている」とまで厳しく論評する。
 民主党はこうした指摘や批判に対して、共和党の投票手続きの厳格化の主張は公正な選挙への不当な干渉だと反論する。下院の民主党院内総務のハキーム・ジェフリース議員は「たとえ共和党の主張する不法入国者の投票が事実だとしても、いずれもごく少数の事例であり、全体の選挙への影響はゼロに等しい」と主張して、共和党の主張は民主党支持の有権者への不当な圧力だと非難した。
 さてこの不法入国者と不正投票という疑惑が11月5日という目前に迫った大統領選挙の最終投票をどう動かすか。真剣な関心が集まっている。