マルチン・イェシェフスキー氏(EVC駐台湾代表)がJFSSを再訪

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お知らせ JFSS事務局

 10月16日、マルチン・イェシェフスキー氏(European Values Center for Security Policy(EVC)駐台湾代表)がJFSSを再訪した。同氏は今年2月19日、EVC理事長のヤクブ・ヤンダ氏率いる同団体代表団の一員として初めてJFSSに来訪した。また7月13-14日のJFSS主催「第4回台湾海峡危機政策シミュレーション」にもオブザーバーとして参加した。
 また、同氏は9月12日、台湾・台北市において、台湾国防部と国防安全研究院(INDSR)共催のシンポジウム「2024年台北戦略対話」にパネリストとして登壇した。同シンポジウムでは、パネリストとして参加したJFSS顧問の武居智久氏と事務局長の長野禮子と会場で再会し、翌日の蕭美琴副総統表敬も他のパネリストと共に総統府に訪問した。
 EVCは2005年、台北に創設されたチェコ共和国の首都プラハに拠点を置く非政府系シンクタンクである。ヨーロッパからインド太平洋の広い地域にかけて自由民主主義に対する脅威となっている中国共産党独裁政権に対し、「個人の自由」(Personal Freedom)、「人間の尊厳」(Human Dignity)、「法の支配の下での公平・平等」(Equity)の3つの基本的価値をベースとし、中国の動向を分析し政策提言などを行うことを活動目的としている。

1. 「第4回台湾海峡危機政策シミュレーション」参加に関する新たな所見

 同氏の第4回政策シミュレーション参加に関する所見は10月1日発行の『季報』秋号(Vol.102号pp.54~56)に特集記事として掲載しているが、今回の再訪で更なる所見を伺うことが出来た。
 イェシェフスキー氏はシミュレーションにおける沖縄の役割について大変感銘を受けたと『季報』記事でも述べているが、今回、新たに「米軍の沖縄におけるプレゼンスに反対し、琉球列島全域の完全な非軍事化を目論む勢力は欧州にとっても不安材料であり、欧州・大西洋地域にとっても好ましくない。そのため、欧州地域におけるインド太平洋地域に関する議論には日本の視点を交えることが大変重要である」と述べ、その思いをJFSSと共有した。
 安全保障・防衛を巡る「地域的な考え方の相違」は欧州でも似たような状況が見られる。イェシェフスキー氏は、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の対外国境を守護する役目を担っているポーランドの例を挙げ、その国境地域において敵対国が仕掛けている偽情報などの「ハイブリッド脅威」が拡大し、同地域に展開している軍隊に対して不満を漏らす住民が増えているとしている。

2. チェコと台湾の関係進展

 今週、チェコと台湾の関係進展に関しての大きなニュースがあった。前台湾総統の蔡英文氏が13日、首都プラハを訪問し、国際会議「第28回フォーラム2000」に出席したことだ。蔡氏のチェコ訪問は2つの観点から注目に値する。まず、蔡氏の総統退任後初の外遊先としてチェコを訪問したこと、そしてこの会議はチェコ民主化後の初代大統領で、台湾の「偉大な友人」であったヴァーツラフ・ハヴェル(Václav Havel)氏によって創設されたことである。イェシェフスキー氏曰く、ハヴェル氏は1995年、側近である当時の外相の反対を押し切って、国連総会の場で「台湾を国連にもっと関与させるべきだ」とスピーチしたほどの親台派で知られている。また、ハヴェル氏は同年、台湾の連戰行政院長(日本の首相に相当)と直接会談し、台湾の国連加盟支持を公言している。チェコ訪問中、蔡氏は自由民主主義の精神を重要視していたハヴェル氏の意思を受け継いだペトル・パヴェル(Petr Pavel)現大統領の歓待を受け、前総統とは言え、この対応は台湾政府首脳部との直接交流を避けることが多い欧州諸国の中では異例中の異例と言える。欧州には表向き日米台の連携を重視する一方、裏では中国と気脈を通じているドイツのような国が多い中、ドイツの隣国であるチェコが台湾有事に対して強い決意を持って、台湾との協力関係を推し進めるのは、大国ソ連の圧力に晒され続けてきたチェコの歴史によるものであろう。親中国と言われるドイツの問題点について、同国は対中貿易で貿易黒字を得ている世界でも数少ない国である。自動車産業に代表される国内の巨大企業群からの政治的圧力によってドイツは欧州委員会での中国製電気自動車に対する輸入関税引き上げ提案にも反対票を投じた。
 他方、台湾に寄り添うチェコの強い決意の背景には経済的な理由もある。台湾のチェコに対する海外直接投資(FDI)額は中国のそれを遥かに上回っている。台湾の電子産業大手フォックスコン(Foxconn)はチェコ進出以来、同国で第6位の企業に成長、チェコ人の間では「優良雇用主」と言われ、信頼を集めている。

3. イェシェフスキー氏が語る、台湾を狙う中国の最新動向と太平洋情勢の変遷

 最後に、台湾に長年在住し、世界各誌・各紙に記事を書いているイェシェフスキー氏に、10月14日、中国人民解放軍によって台湾を包囲する形で実施された軍事演習「連合利剣2024B」を含む、台湾を狙う中国の最新動向と太平洋情勢の変遷についても伺うことが出来た。同氏は「連合利剣2024B」に関し、中国が伝統的に得意とする「三戦」(輿論戦・心理戦・法律戦)の思想に基づいていると指摘した。これこそが人民解放軍の軍事演習において心理戦的な側面が重要な役割を果たしている理由である。
 一例を挙げると、中国系のSNSでは演習中、中国のミサイルが台湾を囲むようにハートの形で着弾の火柱を上げる画像や「人民解放軍のみが台湾の人々を保護出来る」という言説が大量に流されていた。一方で、台湾の人々の抗戦意思は年々強まっており、国防や安全保障に対する台湾人の意識は個人レベルで変わりつつある。台湾政府は中国による「認知戦」の影響を真剣に受け止めており、今年初頭には台湾法務部(日本の法務省に相当)の調査局内に新たな認知戦監視組織が創設された。
 台湾問題に関連し、石破政権が掲げる「アジア版NATO」構想に関し、イェシェフスキー氏は「米国との同盟国間ならともかく、アジアには中国との経済的関係を強化する一方で、軍事的にはフィリピンとの関係強化を目指しているベトナムのように『柔軟な外交・防衛政策』を採っている国も多い。これらの国々をどう巻き込むのかという問題がある」と述べ、アジア版NATO構想は欧州のNATOと違い、宗教や思想、人種といった基本的要件を共有しない、謂わば「個々の国」をどういう価値観で結束を強めていくのか、将来的なビジョンの共有には無理があるということで一致した。
 フィリピンに関して氏は、今年10月初めにルソン島北部の沖合で開催された日米仏豪比加6ヵ国合同の海軍演習「サマ・サマ2024」(Sama Sama 2024)に触れ、この演習は実施地から台湾防衛に関連したものである可能性を指摘した上で、台湾有事における同地の地理的重要性を示唆した。
 更に太平洋島嶼国については、その多くが広大な領海を有する一方で海洋警備能力は限られており、日豪などの支援を受けている。台湾の頼清徳政権もパラオやマーシャル諸島といった同国と国交を有する太平洋島嶼国を重視する姿勢を打ち出しているが、他方、同諸国が中国の経済的圧力に屈しつつあるのも現実である。中国の資金援助のやり方は、スリランカのハンバントタ港を見ればよく理解できる。パラオを例に挙げれば、相次ぐ中国企業の進出で撤退した日本企業は多く、その後のパラオ政府の日本企業誘致の期待に踏み切れない状況が続いていると聞く。
 混迷を極める世界情勢にあって、ウクライナ戦争は明日のアジアともなりかねない一触即発の状況である。イェシェフスキー氏からはJFSS関係者の次回訪台時に是非、台湾情勢や日台欧連携についての議論を重ね、協力関係を強化したいとの力強い申し出があった。故安倍晋三元総理の言「台湾有事は日本有事」が現実味を帯びている今、同氏が重視した中東欧諸国との協力を進め、氏の遺志を着実に継承していきたいと改めて思った次第である。