11月14日、荒木淳一氏(JFSS政策提言委員・元空自航空教育集団司令官)が訪日研修中のニュージーランド(以下「NZ」)軍指揮幕僚課程学生団に対し、「台湾有事と日本の対応」と題した講演を行った。
講演冒頭、荒木氏は日本戦略研究フォーラム(JFSS)が過去4回にわたって開催した「台湾海峡危機政策シミュレーション」について解説し、島田和久氏(JFSS副会長・元防衛事務次官)、岩田清文氏(同顧問・元陸上幕僚長)、武居智久氏(同顧問・元海上幕僚長)に代表される元防衛省・自衛隊OBが多数参加している素晴らしいシンクタンクであることや第4回政策シミュレーションは13名の現役政治家がプレーヤーとして2日間にわたって参加した「世界でも稀有なシミュレーション」であると述べた。
荒木氏は講演の中でまずロシアが東アジア地域においてウクライナ戦争の最中も新型戦闘機などの配備を続けており、活発化する中国とロシアの海軍・空軍共同演習、そして北朝鮮とロシアの軍事協力が深化している現状を取り上げた。更に近年、ロシアとの連携を強化している中国も東アジアにおける米との戦力比較では24年時点ですでに米軍を上回っており、今年5月と10月に台湾を包囲する形で計2回実施された中国の「連合利剣」演習など台湾への軍事的圧力を強めている。
「台湾有事の日本への影響」について、荒木氏は台湾の日本との地理的近接性から、
① 日本のエネルギー輸入の大部分を占めるシーレーンへの影響と対策。
② 台湾有事の際に重要となる日本の「能動的サイバー防御」(ACD)や日本政府が中国の「認知戦」に対抗するための「戦略的コミュニケーション」(SC)の必要性。
③ 台湾在留邦人・米国籍者や先島諸島住民に対する避難・保護措置(NEO/TJNO)の重要性。
以上3点について解説した上で、「日本はNZも含めた『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP)構想を支持する諸国と協力して中国の『力による現状変更』を阻止すべきである」と結論付けた。
質疑応答では「『認知戦』に対する日本の弱点は何か」という質問が出た。荒木氏は「最大の弱点は日本人全体の『安全保障に対するリテラシーの欠如』である。日本の教育制度では最高学府の大学においてですら歴史、防衛、安全保障に関して極めて限られた知識しか提供されない。『教育の一環としての防衛や安全保障』を軽視する傾向は未だに残っている。
また、このことが原因で、ウクライナ戦争や中東紛争など激変する世界情勢の中で日本人だけが『現実主義的な視点の欠如』によって国際情勢を正しく理解する事が出来ないでいる。現代の日本人は偽情報など中国の『認知戦』に対し極めて脆弱である」と現代日本の教育が抱える問題点を指摘した。
筆者は2004年、NZのワイヘキ高校に1年間留学した経験があるが、毎週木曜日の全校集会ではまず始めに国歌が演奏され学生も含めた全員がしっかり歌っていたことやNZ空軍の女性将校が高校を訪れ、リクルート活動も兼ねた講話を行ったことを思い出す。講話では「NZの国防や同国軍の海外派遣は崇高だが、いかに厳しい任務であるか」が語られており、現地の高校生たちはNZが隣国オーストラリアと共に「『南太平洋の守護者』として積極的に貢献している」というプライドに目を輝かせていた。
荒木氏の言はまさに現代日本の学校における安全保障教育がNZの後塵を拝している実情を厳しく指摘していた。日本は同志国であるNZとの安全保障協力を進めるに当たって、根幹である「国民への安全保障教育」から始めるべきではないか。荒木氏の講演を拝聴し、心からそう感じた次第である。
《ニュージーランドについて》
南太平洋の最南部、豪州の隣に位置するNZは面積約26万8,000km²(日本の約4分の3)、人口約520万人の国だ。地理的に仮想敵国が存在せず、03年には空軍の戦闘機・攻撃機部隊を全廃するなど平和を謳歌してきたが、過去には英連邦の一国として隣国オーストラリアと共に「オーストラリア・ニュージーランド軍団」(ANZAC)を結成。第一次・第二次世界大戦では英本国が属した連合国側で参戦し、戦後もオーストラリアと共にベトナム戦争や06年の東ティモール危機における平和維持軍に派兵してきた歴史がある。
また同国は米・英・加・豪・NZの英語圏5ヵ国から成る機密情報共有枠組み「ファイブアイズ」の一国だ。24年6月、岸田首相(当時)はNZのラクソン首相との首脳会談の中で、安全保障分野の情報共有に関する「情報保護協定」の締結で大筋合意した。日本の「ファイブアイズ」へのオブザーバー参加が取り沙汰される中、同枠組みのメンバーであるNZとの関係強化は必須であろう。
実際、実務面での日本とNZの安全保障協力もこの10年で大きく深化した。16年11月14日、NZ南島で起きた地震の際、海上自衛隊のP-1哨戒機が国際緊急援助隊の自衛隊部隊として派遣され、上空からの被災状況調査に従事。また18年以降、NZ空軍は北朝鮮による「瀬取り」などの違法な海上活動を監視するために日本へ定期的に航空機を派遣している。今年4月には国連軍地位協定に基づいて在日米軍嘉手納飛行場にNZ空軍最新鋭のP-8A哨戒機が派遣され、18年以降6回目となる監視飛行を実施した。
① 講演冒頭、「日本戦略研究フォーラム」と「台湾海峡危機政策シミュレーション」の概要について
解説する荒木氏
②荒木氏のウィットに富んだ英語での説明に笑顔がこぼれるNZCSC訪日団一同
③講演後、NZCSC訪日団長のアンドリュー・ショーNZ軍准将と握手する荒木氏