石破内閣の奇妙な安定感

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政策提言委員・元参議院議員 筆坂秀世

 衆議院選挙での自公の大敗に対して、選挙後しばらくは石破茂首相の責任を問い、辞任を求める声があった。だがこれは自民党内の論理だ。国民にとって自公の過半数割れは、決して悪いことだけではない。
 自公が多数派を形成している時には、政府が法案や予算案を国会に提出する前に与党内で審査し、了承が得られたものだけ国会への提出を認める「事前審査」が行われてきた。国会で多数を占める与党の了承があれば、法案などの成立が国会提出前に事実上確定するため、国会審議形骸化の元凶とされてきた。また事前審査では、詳細な議事録が作成されないため政策決定の透明度が高いとは到底言えなかった。与野党対決法案などは、最後は数の力で押し切る強行採決が少なからずあった。
 だが過半数を割った今の自公政権では、こうはいかない。野党の要求を受け入れざるを得なくなったのだ。国民民主党が躍進したとは言え、わずか28議席である。だがこの28議席の賛同がなければ、法案も予算案も可決できなくなったのだ。今焦点となっている国民民主党の公約である「103万円の壁」の引き上げや「ガソリン減税」について、自公政権は、ある程度飲まざるを得なくなったのだ。
 今回の自公国の3党合意は、「103万円の壁」についていえば「来年度の税制改正の中で議論し、引き上げる」ということで引き上げ幅がどうなるかは決まっていない。「ガソリン減税」も「自動車関連諸税全体の見直しに向けて検討し、結論を得る」となっているだけでなく、「経済対策を速やかに実行すべく、裏付けとなる補正予算案の早期成立を期す」ことまでは合意した。
 これには「事前審査制」の危険性があると言わざるを得ない。148議席を持つ立憲民主党やその他の野党は置いてきぼりである。与党の過半数割れが国会の変化に向けた芽になる可能性があることに期待する学者からは、国民民主党の対応について、「見直しの方向が盛り込まれただけで、どうして経済対策の全体に賛成するのだろうか。事実上の連立入りとも言えてしまう脇の甘い対応だ」と批判する声も上がっている。
 ただそれでも政治資金規正法の改正問題では、与野党すべての政党が額を突き合わせて意見を交わし合う場面もテレビで放映されていた。これは今までの国会ではありえなかった光景である。では石破内閣は押されっぱなしかといえばそうでもない。
 石破氏にはツキもある。2000万円の配布問題でも石破氏には相談がなかった。衆院予算委の委員長に立民の安住淳氏が就いたことに対し、「石破さんは何を考えているのだ」という不満が党内から上がったが、これも事前に石破氏に判断を仰ぐということはなかったようだ。つまりどちらも石破氏に責任はなかったということだ。12月8日に自民党の落選議員から声を聞くという会合が行われ、石破氏が陳謝したがそれほどは荒れなかった。
 派閥が崩れた結果、「石破内閣は『奇妙な安定』のもとにある」と語る政権幹部もいるそうだ。