パヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド共和国特命全権大使を表敬訪問

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主任研究員 増永真悟

 2025年1月10日、JFSS長野禮子事務局長がパヴェウ・ミレフスキ駐日ポーランド共和国特命全権大使を表敬訪問した。今回の訪問は、昨年10月の同大使館次席のトマシュ・グヴォズドフスキ氏訪問に続き実現した。
 大使はまず、今年1月3日、ポーランドが欧州連合(EU)の議長国に就任したと述べた。長野は祝意と共に「ポーランドがウクライナ、そしてポーランドへ避難しているウクライナ人難民への支援に力を入れていることに感銘を受けている。『今日のウクライナは明日の東アジア』であり、台湾有事の際にはまさに日本が現在のポーランドの役割を果たすこととなる」と述べた。大使は大きく頷き、日ポの歴史と更なる関係強化に繋がることを期待したいと述べた。
 台湾有事に関しては、JFSSが過去4回開催した「台湾海峡危機政策シミュレーション」について概要を説明。安倍元総理の「台湾有事は日本有事」との認識を広く日本国民が理解するとともに、新たな法整備のためには、高い志をもった現役の政治家の参加が欠かせないことから、その政治家たちで構成する「山水会」の存在についても話が及んだ。同時にシミュレーションの模様をマスメディアに公開し報道することによって、国民の「有事」への関心が高まりつつあることなどを説明。
 大使からの現政権についての質問には、外交・安全保障はもとより、あらゆる面で不安視する声が多いが、首相や閣僚の補佐役には優秀な人物が就いている省もあることから、彼らが現政権を上手く支え導いてくれると信じたいと、長野は答えた。
 今回の訪問にもグヴォズドフスキ次席が同席され、終始和やかな雰囲気の中での会話となった。大使からは今後のJFSSとの協力に関し、数々の積極的なご提案を頂いたことを嬉しく思っている。これを機に、改めて親日国ポーランドの歴史や日本との交流の歴史を繙き、理解を深めていきたいと強く思った次第である。

ポーランド国旗を囲むパヴェウ・ミレフスキ大使(右)と長野事務局長(左)


《ポーランドについて(2)》
 25年1月12日、陸上自衛隊第1空挺団の降下訓練始めが習志野演習場で行われた。今年は米、英、仏、伊、独、加、蘭軍の空挺部隊の一員としてポーランド陸軍第6空挺旅団も伊・比・星と共に初参加。計11ヵ国が参加し、自衛隊を含む各国軍と共に輸送機からの空挺降下を披露した。
 ポーランド南部の旧都クラクフに駐屯する第6空挺旅団は「ソサボフスキー空挺旅団」の異名を持つ。これは第二次世界大戦中に自由ポーランド軍第1空挺旅団長を務めたスタニスラウ・ソサボフスキー准将に由来する。1939年9月、ポーランドが独ソの侵攻を受け分割占領された際、ポーランド軍人としてドイツ軍の捕虜になったソサボフスキーは捕虜収容所から脱走し、最終的にイギリスへ逃れる。当時、欧州で唯一ドイツに抵抗していたイギリスには多くのポーランド人が逃れており、ポーランド亡命政府やその軍隊である自由ポーランド軍もイギリスに存在した。ソサボフスキーも自由ポーランド軍に参加。亡命ポーランド人からなる第1空挺旅団の創設に尽力した。
 44年8月、ドイツ占領下ポーランドのワルシャワで最大規模となる対独民衆蜂起が起きた。「ワルシャワ蜂起」と呼ばれるこの戦いには5万人のポーランド人が参加し、一時はワルシャワの中心部をドイツ軍から解放するなど善戦。しかし、ソ連が蜂起軍を見捨てたため、失敗に終わった。ソサボフスキー率いる第1空挺旅団は部隊の解散を賭してまでイギリス軍に対し同軍の輸送機によるワルシャワへの空挺降下と蜂起への参加を熱望したが、ソ連の抵抗があり断念せざるを得なかった。
 ポーランドの旧都クラクフに駐屯し、祖国の自由のために戦った英雄ソサボフスキー准将の名を冠するポーランド陸軍第6空挺旅団が陸上自衛隊第1空挺団の降下訓練始めに派遣されたことは、如何にポーランドが日本との関係を重視しているかを物語っている。

ポーランドの首都ワルシャワにある「ポーランド軍事博物館」に展示されている「自由ポーランド軍第1空挺旅団」の絵画