アメリカのドナルド・トランプ大統領は今年1月20日の就任当初から津波のような大規模の新政策をスピーディーに打ち出し始めた。国内政策ではバイデン前政権のリベラル志向の諸政策を全面的に逆転させる。対外的にも一部で推測された孤立主義には背を向け、「力による平和」の原則の下、中東での争乱やウクライナ戦争の解決をも果敢に進める姿勢を示す。それこそアメリカの内外に地殻の変動のような激変をもたらす構えだといえる。
トランプ大統領は保守主義の画期的な政策変更のために価値観や思想を共有する人材を次々と政権に登用している。その中には驚くほど女性が多い。この点もこれまで民主党側がトランプ氏に浴びせてきた「女性軽視」という批判とは異なる動きである。このトランプ政権に登用された女性たちに光を当ててみよう。その顔ぶれからは第二次トランプ政権の意外な特徴も自然と浮かびあがってくるようだ。
トランプ氏による今回の一連の女性起用で最も注目を集めたのは大統領首席補佐官へのスージー・ワイルズ氏(67)の任命だった。ワイルズ氏は今回のトランプ選挙対策本部の共同議長を務めてきた。トランプ氏は彼女の首席補佐官への任命を自分自身の当選が決まった翌日の昨年11月7日に発表している。しかも女性の大統領首席補佐官というのはアメリカの政治の長い歴史でも今回が初めてとなった。
ワイルズ氏は2016年の大統領選では重要州のフロリダのトランプ選対本部共同議長であり、トランプ氏を背後で支える舞台裏の政治活動家だった。彼女は20代から共和党下院議員の補佐官となり、さらにロナルド・レーガン氏の大統領選でも若手スタッフとして活動した。その政治の読みや選挙戦の手法では優れた才能を発揮して、共和党の主要政治家たちから依存されてきた。
同じくホワイトハウスで首席報道官に選ばれたのもカロライン・リービット氏(27)という女性である。大統領首席報道官としては歴代最年少、2017年からの第一次トランプ政権のインターンに応募して報道部門への試用となり、「才能あり」と判断されて本採用になった。学生時代から政治に強い関心を抱き、トランプ氏の保守主義に共鳴したという。リービット氏は今年1月28日にホワイトハウスでの記者会見に初登場して約1時間、記者団の質問に応じた。
リービット氏はバイデン政権時代ではニューヨーク州選出の共和党女性下院議員エリス・ステファニク氏の補佐官として働いた。この際の役割も報道・広報担当だった。その実績を認められ、今回の大抜擢となったわけだ。
以上のように第二次トランプ政権ではその中核のホワイトハウスの最重要ポスト2つが女性によって占められたのである。この実態からは女性軽視どころが女性優先とさえみえる印象が浮かんでくる。
さてトランプ政権の対外政策面での女性の登用で目立つのは前記の下院議員エリス・ステファニク氏(40)の国連大使への任命である。同氏は保守派の論客として国連自体への批判を頻繁に述べてきた。具体例としては昨年9月、国連総会がイスラエルのパレスチナ完全撤退を求める決議案を採択したことに猛烈な抗議の声明を発表した。「この決議案は反ユダヤ主義の不当なイスラエル攻撃だ」として国連全体を政治偏向の国際機関と断じていた。
ステファニク氏は国連傘下の人権理事会やユネスコの活動に対しても、特定の政治偏向を指摘することが多かった。いわば反国連とも呼べる立場の政治家なのだ。そんな人物の国連大使への任命は国連を重視するリベラル派からすれば、とんでもない人事ということになる。
さてここでアメリカの行政府の独特な人事システムの特徴を簡単に説明しておこう。日本とはがらりと異なるのである。
アメリカの国政を運営する行政機構、つまり大統領府に始まり、国務、国防、司法、エネルギー、教育などの政府各省を動かす要員の中枢や幹部はみな政治任命なのだ。日本の場合は大臣、副大臣から政務官あたりまでは政治任命だとしても、残り99%はキャリア官僚である。だがアメリカでは各省の局長から課長、場合によっては係長クラスまで大統領とその政党と考えを同じくする政治任命となる。その数は合計4,000人にも達する。
だから民主党から共和党に大統領が変われば、官僚機構のトップは4,000人もがすべて替ってしまう。今回の場合、共和党の新政権はバイデン政権の民主党支持者の政治任命官僚をすべて排して、共和党、トランプ氏を支持する人材に政府機構の運営を委ねるのだ。あくまでも「選挙で示された国民の信託を受けて」という措置である。日本側の一部の識者などが「トランプ大統領と同じ意見の人間だけが官僚機構を動かすのは独裁だ」などと批判するのはまったくの見当ちがいなのだ。二大政党制の本質をわかっていない反応だともいえる。
トランプ新政権の女性登用の紹介を続けよう。
選挙期間中からトランプ陣営に直結してきたワシントンの大手シンクタンク「アメリカ第一政策研究所(AFPI)」の理事長リンダ・マクマホン氏(76)の教育長官任命も注目された。この女性は年来の保守派として教育には連邦政府の管理は不要だとして教育省自体の廃止を唱えてきた人物である。
マクマホン氏は一期目のトランプ政権では中小企業庁の女性長官だった。「教育は民間の両親の手に」との主張はこれまたリベラル派への過激な挑戦である。
AFPIからは多数の人材が新政権に登用された。所長のブルック・ロリンズ氏(52)は農務長官に任命された。ロリンズ氏も第一期トランプ政権では女性の大統領補佐官として活動した保守派の弁護士である。
司法長官に任命された同じ女性弁護士のパム・ボンディ氏もAFPIの法務部長だった。同氏はフロリダ州初の女性司法長官を8年間務め、トランプ氏への4件の刑事訴追事件でも弁護団の中枢にあった。これらの訴追に対して「民主党陣営の法執行機関を政敵迫害に使う武器化だ」と非難してきた。
トランプ氏自身もボンディ氏任命について「彼女は司法省の武器化を正すだろう」と言明した。司法分野での民主党への激しい反撃が予想される。
なお以上のような閣僚級の人事は議会上院の承認が必要となる。民主党側は当然、その承認の公聴会で反対や批判をぶつける。だが上院はいま与党の共和党が多数を占めており、波乱はあってもまずはトランプ大統領の意向通りに承認されるだろう。
近年まで民主党の女性下院議員だったトゥルシ・ギャバード氏(43)の国家情報長官への任命も異色である。リベラル色の強いハワイ州選出の政治家だが、元軍人でイラクでの軍務歴もある。その結果か、安全保障政策では「力による平和」を唱え、バイデン政権の安保政策を「軟弱すぎる」と非難してきた。
ギャバード氏はトランプ氏に同調して共和党に移り、選挙戦でもトランプ氏と並んで壇上に立ち、熱をこめた演説を頻繁に展開していた。その演説は明快で迫力があり、トランプ陣営でも有力な論客とみなされるようになった。
以上、トランプ新政権を運営する人材には驚くほど女性が多いのである。ただしその女性たちもみな保守主義、反リベラル、「小さな政府」と規制緩和、力の平和の重視、自由経済の推進、さらには同盟堅持、中国との対決と抑止など共通項が顕著なのである。