先端技術面でも深刻化する「中露蜜月」―エストニア対外情報局の年次報告書を読む―

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主任研究員 増永真悟

 2月12日、エストニア国防省麾下の対外情報局(Välisluureamet)は年次報告書を公表した。フィンランド近辺におけるロシア軍地上部隊の増強やロシアによる核恫喝の検証など様々な観点が取り上げられたが、本稿では中でも日本に対する影響が大きいと思われる先端技術面での「中露蜜月」について取り上げたい。

中国の「軍民融合」政策を模倣するロシア
 ウクライナ戦争の長期化と変わりゆく戦場の様相に対応し、現在のロシアではドローン(無人機)の開発と生産、生産基準の標準化が最優先課題になっている。同報告書ではロシア政府が今後、国内48ヵ所に新たにドローンの研究開発施設を設け、国内の75%の各種学校でドローン関連教育を施す予定であると記述されている。ロシア政府の狙いは「100万人規模の国内雇用創出」であり、目標実現の為に「中国の政策」を模倣する意図があると述べている。
 この「中国の政策」とは21世紀初頭から中国政府が進めてきた「軍民融合」(MCF)政策である。先端技術を用いて防衛及び経済を同時に強化することを目的としている。米国務省は「『軍民融合』政策は2049年までに人民解放軍を『世界一流の軍隊』に発展させるという中国共産党の国家戦略」と解説しており、中国の悪名高い「千人計画」やサイバー攻撃、産業スパイ活動も全て「軍民融合」実現のための西側諸国からの先端技術獲得工作であった。
 オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の分析に依れば、これらの活動の成果として20年代には防衛、宇宙、ロボット工学、エネルギー、人工知能(AI)など37の重要技術分野で中国が世界1位となった。独裁国家である中国では研究開発方針に関する選択肢が無く、ハイテク企業は人民解放軍への協力が義務化されているため、プロジェクトからの勝手な離脱は許されない。結果として「軍にとって都合の良い」政策が推進出来る状況下にある。
 ロシアもまた中国と同じように「国内の民間企業の技術開発プロジェクトの国家プロジェクトへの統合」を企図している。「国家と軍にとって都合の良い」政策の促進には中国同様に情報機関や秘密警察の強化による監視社会化が必須である。「シロヴィキ」と呼ばれる秘密警察出身者を重宝してきたプーチン政権にとって、「国益」と合致する形でのロシアの更なる権威主義国化はもはや願ったり叶ったりであろう。
 
「間に合わせ」の手段としての中国経由での禁制品輸入
 「軍民融合」政策を完全に模倣したとして、ロシアが自国内での先端技術産業を育成するには中国と同じく10年単位の時間がかかる。22年4月頃、ウクライナに於けるロシア軍の自爆ドローンや偵察ドローンには多数の日本製部品が使われているという報道が出た。また同年9月にロシア陸軍最新鋭のT-90M主力戦車がウクライナ軍に鹵獲された際、射撃管制装置や暗視装置など基幹部品の殆どは第三国経由で密輸されたと思われる米国製やフランス製であった。
 エストニア対外情報局の報告書は「ロシアの軍産複合体は最大80%の禁制品たる先端部品などを中国経由で入手している可能性がある」としている。また、アラブ首長国連邦(UAE)でのロシアの経済活動増加も報告書は取り上げており、UAEも禁制品の入手拠点として使われているとのことだ。既に中国政府は国営企業・国有企業による禁制品のロシアへの輸出を禁止しており、23年9月1日には中国商務省による先端的なドローンとドローン関連部品の輸出禁止措置が採られた。これは当然ながら表向きの措置であり、中露両国間で「民間企業同士の取引」や「軍民両用製品の輸出」を偽装することで禁制品をロシアに供給し続けている。
 果たして技術面でも中露を分断する術はあるのか。日本を含めた西側諸国が連携して経済安全保障における輸出管理制度を強化していく他無い。そして中露への禁制品輸出の「抜け穴」たるグローバル・サウス諸国との経済安保上の連携も今後ますます重要度を増してくるはずだ。
 
《参考資料》
・エストニア対外情報局報告書『国際安全保障とエストニア 2025年』
・玉井克哉・兼原信克編著『経済安全保障の真相―課題克服の12の論点―』(2023年、日経BP)