報道によると、ドイツ連邦議会(下院、任期4年)選挙は2月23日、投開票された。公共放送ARDによると、現地時間午後11時20分(日本時間24日午前7時20分)現在、最大野党の中道右派、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が得票率29%で、第1党となることが確実な情勢だ。メルケル前政権以来、約3年半ぶりに政権交代する見通しとなった。ショルツ首相が所属する与党の中道左派・社会民主党(SPD)は17%、与党の環境政党・緑の党は12%にとどまっている。反移民を鮮明にする極右政党「ドイツのための選択肢(以後「AfD」)」は21%と躍進し、第2党となる見通しだ。CDU・CSUの首相候補、フリードリヒ・メルツCDU党首は23日夜、勝利宣言し、「責任を自覚している。出来るだけ早く行動力のある政府を再構築することが重要だ。世界は待ってくれない」と述べ、組閣を急ぐ考えを示した。単独過半数に届く政党は無く、連立交渉が焦点になる。CDUのメルツ氏はAfDとの協力を否定しており、SPDとの「大連立」が有力視される。
今回の選挙で最も注目されたのは極右政党AfDが得票率を倍増させ、大躍進を遂げたことだ。
AfDが躍進した原因
AfDの共同党首は現在、ティノ・クルパラ、アリス・ワイデルの2人であり、2013年4月の結成当初は、欧州に批判的で、保守的な運動を展開していた。15年以降はドイツ民族主義、国家保守主義を標榜し、反移民、反イスラム、反欧州連合の色彩を強めてきた。AfDのいくつかの州会と他の派閥は、極右民族主義や非合法運動とつながりを持ち、歴史修正主義者や排外主義的と言われている。そのため、ドイツ連邦憲法擁護庁をはじめ様々な政府機関によって監視されている。
21年のドイツ連邦選挙では、旧東ベルリンでは得票率20.5%でSPDに次いで2位となり、西では得票率8.4%で5位となった。同党は旧ドイツ民主共和国(東ドイツ)の地域、特にザクセン州とテューリンゲン州で最も勢力を伸ばした。これは東ドイツの有権者が強権政治を好む傾向にあることに加え、統一後も続く経済・統合問題が主な原因だ。
東西ドイツの統一から30年以上が経過したが、未だに旧東ドイツ地域は、旧西ドイツに比べて生産性や所得水準が低く、失業率も高い傾向にある。東西ドイツ統一時、人口は東ドイツが西ドイツの4分の1、面積は約4割、経済規模(GDP)は6分の1に過ぎなかった。統一の為に行われた政策は主に「通貨統合」(東西ドイツ通貨の交換比率は実質1対4~5だったが、強引に1:1で交換)と「開発支援」(旧東独の生産力の底上げが目的。直接的な財政移転、ドイツ統一基金、連帯協定に基づく開発支援)が行われたが、依然として旧西ドイツとの格差は完全には解消されていない。例えば、17年時点での一人当たり可処分所得は旧東ドイツのブランデンブルク州など5州がドイツ平均を1割から2割ほど下回っている。人口も旧東ドイツから旧西ドイツへの人口流出が続いており、旧東ドイツ地域では空き家や建物の老朽化が進行している一方で、旧西ドイツ地域では住宅不足が問題となっている。
旧東ドイツの住民は旧西ドイツと比べて失業率が高く、所得水準が低いことに対し強い不満を抱いている。そして旧東ドイツの住民は、自分たちが「二級市民」として扱われていると感じることが多く、社会的な疎外感を抱いている。また、旧東ドイツには「約400万人のドイツ語が不自由なロシア移民」、「ロシアの理解者と言われる知識人・ビジネスマン」、「極右思想に影響を受ける若者」などが存在し、極右勢力の台頭や排外主義が横行する要因となっている。
ドイツ総選挙に大きな影響を与えたイーロン・マスク
米国トランプ政権の政府効率化省議長イーロン・マスクは23年9月29日、X(旧ツイッター)で「独政府が補助金を出している。欧州の自殺を止めるためにAfDが選挙に勝つよう願おう」と記した投稿を紹介し、「ドイツの人たちは知っているのか」とコメントした。その後もマスクはAfDへの支持を更に強め、25年1月にはアリス・ワイデル共同党首とのライブチャットを開催した。また、1月20日、ドナルド・トランプ大統領就任式に出席したマスクはナチス式敬礼らしき仕草を3度行った。1月25日にはAfDの集会で演説した。マスクは集会で「ナチスの歴史にまつわる過去の罪悪感にとらわれるな」、「子どもたちに親の罪を背負う義務はないし、曽祖父母なら猶更だ」、「ドイツの偉大な未来のために戦おう」などと発言した。
こうしたイーロン・マスクの発言や行動に対し、ドイツのショルツ首相は、「本当にうんざりする。EU域内の民主主義を阻害している」と痛烈に批判し、ドイツ国内では「無知で傲慢な大金持ち」などと大きな反発を招いた。
ドイツに蔓延するファシズムという病
以前からドイツ国内では極右テロに係る最大の脅威とされる「自己過激化した若者」がインターネット上のプラットフォーム等で極右思想を共有しつつ、緩やかに連携していると指摘されていた。実際、17 年 2 月には反イスラム教徒感情の扇動を企図し、シリア人の犯行を装って政治家やユダヤ人活動家への攻撃を計画したドイツ軍人が逮捕された。20 年 4 月にはドイツ軍特殊部隊(KSK)隊員の自宅から武器、爆発物等が発見されたことを受け、カレンバウアー国防相(当時)は同年 7 月、KSK の第2歩兵中隊の解体を発表した。21 年 6 月にはヘッセン州警察や機動隊等に属する計 49 人の現役警察官が、チャットグループで極右主義的な内容を共有していたとして捜査を受けた結果、フランクフルト警察特殊部隊(SEK)の解体が決定された。22年12月には政府転覆を図ったとして、極右勢力「ライヒスビュルガー(帝国の住民)」運動の関係者など25人が逮捕された。連邦議会議事堂を襲撃し、政権を奪取する計画だった。
また、今回の選挙においては、ロシアによるとされる「50万人の兵士が徴兵される」「ドイツが新たな協定で最大190万人のケニア人労働者を受け入れる」などのフェイクニュースが拡散された。「相手社会に潜在する矛盾や不満を暴露し、その矛盾や不満を偽情報や誤情報などの手段を用いて拡大して、世論を操作して社会を分断に追い込む」という意図があるとされる。
欧州の中核を占めるドイツの右傾化は英国など欧州全体に波及する可能性が高く、民主主義国にとって大きな脅威となるだろう。