トランプ政権が民主党傾斜メディアを排する

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 米国のトランプ政権は大胆な保守改革を進め始めた。連邦政府の行政機構を縮小し、有名大学のリベラル志向を修正し、民主党寄りの大手法律事務所に規制をかけ、リベラル傾斜の裁判所にまで挑戦する。そんな闘争のなかで最近、目立ってきたのは民主党寄りの主要メディアとの対決である。そのトランプ政権の動きはとくにホワイトハウスの記者クラブや記者会見の構造を変えるというところまで拡大してきた。
 
 トランプ政権のメディアとの対決は大手通信社APへの抑制措置が象徴的である。APは長年、米国の代表的な通信社として新聞やテレビなど各メディアへのニュース配信を続けてきた。その発信がすべてのメディアに行き届くという名分から歴代政権からも特別の優遇を受けてきた。たとえば大統領の重要な動きに対して、その取材、報道にあたる記者やカメラマンの人数を限らねばならない場合、その代表取材の中核はまずAP通信社が選ばれる。ホワイトハウスの大統領報道官の連日の記者会見場でも最前列の中央の席が与えられ、大統領の公式会見でもAP記者がまず最初に質問の機会を与えられる。
 だがトランプ政権はAPのそんな特別待遇を廃してしまった。直接の契機はトランプ政権が大統領令で公式にフロリダ沖の海域の公式名称を「メキシコ湾」から「アメリカ湾」に変えると宣言した後、ほとんどのメディアはその新命名に沿った報道をするようになった。ところがAP通信はトランプ大統領の新命名を無視して、従来通り、「メキシコ湾」という名称を使い続けたのだ。
 この現象の背後にはAP通信が長年の報道で民主党支持の傾向が強く、共和党保守派、とくにトランプ政権に対しては批判的な姿勢をとるという流れが存在してきた。ちなみに私自身のワシントン報道体験でもほとんどの大手メディアの編集幹部や一線記者たちは民主党支持者であることが明白だった。具体的にはニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CBS, ABC, NBC三大テレビネットワーク、有線のニューステレビではCNN, MSNBCなど、日ごろから民主党には優しく、共和党に厳しい。記者たちもみな民主党支持者であることを隠さない。公然たる民主党員であり、民主党への有権登録者ばかりなのだ。そんななかでとくに情報配布の対象が広いAPも同様に民主党傾斜だった。
 トランプ政権はその点を百も承知で、APに対して、大統領同行取材、執務室での特別取材を認めないという「優先待遇排除」へと動いたのだった。APがトランプ政権の意向に沿って、「アメリカ湾」という名称を使うようになれば、また話は別なのだろうが、政権の要請には応じなかった。以上は2月の話だった。ところが4月に入ってトランプ政権はメディアの区分から「通信」というカテゴリーを廃する措置をとった。これまでホワイトハウスの記者会見などでもメディアは新聞、テレビ、通信という三つに区分されていた。その「通信」の代表がAPだった。だがトランプ政権のカロライン・レビット報道官は「メディアは多様化しており、従来の区分はあまりに旧態であり、新たなネットメディアなどへの対応にそぐわない」と言明した。
 ちなみにレビット氏は27歳の女性で、年来の大統領首席報道官のなかでは最年少である。だが第一期のトランプ政権での報道業務、さらには大統領選挙戦中のトランプ陣営での報道担当の首席という経験を経て、ホワイトハウスでの連日の記者団への対応はきわめて効率よくみえる。記者団からの批判的な質問にも打てば響くような円滑さで答えていく。その間、メモをみることも少なく、自分の言葉で簡潔明瞭に答えていくのだ。しかもその回答の内容は当然ながらトランプ大統領の意向を直線的に反映し、保守主義尊重、リベラリズム排除の基本に沿っている。
 そのレビット報道官は3月にはホワイトハウスの記者会見室(ブリーフィング・ルーム)の座席指定を変えるという方針を発表した。この座席指定は実はメディア側、記者側が一方的に決めてきた。
 具体的にはホワイトハウス記者会(WHCA)という組織が決めてきたのだ。
 記者会見室にはいま49の記者席があり、そのすべてがどのメディアの記者ということが決められている。ほぼすべてがアメリカのメディアであり、日本人記者などは「外国メディア」と記された、ただ一つの座席を交代で使うことが許されているだけだ。同じ外国でもイギリスやカナダはアメリカとの特別な絆からそれぞれいくつか席が確保されている。
 この座席指定は第一列目の中央がAP通信となっていた。最前列はその他も反トランプとされるCNN, ABC, CBSという大手テレビの記者席が並ぶ。二列目の中央には民主党支持では老舗のニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストの席がある。この席順はすべてホワイトハウス記者会が決定してきたのだが、レビット報道官はこれからはホワイトハウス側がその席次を決めると発表したのだった。その理由としては「多様な新メディアにも機会を与えるため」と説明された。
 記者会側はもちろんこの決定には猛反対である。その結果がどうなるか。トランプ政権と民主党支持メディアの正面衝突の帰趨が注視されるわけである。こうした動きの背景にはトランプ政権が民主党傾斜リベラル系の大手メディアに対して本格的な対決、さらには巻き返しに努めるという実態が存在するのだ。
 ホワイトハウス記者団は取材先との親睦という名目で毎年、大統領や政権幹部を招いて、大々的なディナー・パーティーを催す。正式には「ホワイトハウス記者晩餐会」と題されている。今年はちょうどこの4月26日夕、ホワイトハウスに近いワシントン・ヒルトン・ホテルで記者の家族までが交じって数百人が集まる。だがトランプ大統領は出席しない方針をすでに明示した。実はトランプ氏は第一期の時代からこの記者会主宰の晩餐会には出ないのだ。その理由は簡単にいえば、この催しは反トランプ色が多様な形で反映されているから、ということらしい。例えば余興に招くコメディアンや映画スターはみなかねてトランプ批判を繰り返してきた人物が多く、晩餐会の最中でもトランプ氏をおちょくるようなギャグが頻繁に飛び出てくるのだ。
 さてトランプ政権への主要メディアとの対決の背景としては他方、民主党びいきではない新興メディアが増えてきたという実態もある。さらに保守派叩きに徹してきたようなワシントン・ポストなどがこのところ従来の民主党べったりの姿勢を薄めてきたという事実もトランプ政権側は重視している。こうした新たな動きは年来、米国の民主党傾斜メディアの報道や評論に全面依存してきたような日本側の大手メディア、さらにはアメリカ通とされる一部の識者たちも認識しておくべきだろう。