米国防総省は2024年1月、「国家防衛産業戦略」を初めて公表した。有事に武器生産や調達を円滑に進めるため、インド太平洋の同盟国や友好国を対象に防衛産業協力に向けた政府高官の協議体を組織する。同戦略では、「中国は30年間で造船や希少鉱物、電子機器といった重要分野で世界の産業大国に変貌した。生産能力は米国だけでなく、欧州やアジアの主要同盟国との合計を大きく上回る」として、中国の防衛産業の生産能力に強い危機感を表明した。
ロシアによるウクライナ侵攻後、米国は、北大西洋条約機構(NATO)を中心にして50ヵ国程度の国防担当高官の定期会合を開き、防空システムや弾薬の供給、武器増産に向けた課題を話し合ってきたが、アジアではNATOのような集団的自衛権を行使する枠組みがなく、インド太平洋構想などを下地にして多国間の防衛産業協力を推し進める予定だ。
一方、米国内向けには、防衛企業が余剰生産能力の拡充や維持を促すため補助金や減税を検討するほか、外国の妨害によるサプライチェーンの寸断に備え、武器生産に使う希少鉱物や化学薬品、重要部品の備蓄を拡大する。
バイデン政権の後を継いだトランプ政権は、防衛産業の衰退に歯止めをかけて中国に対抗するため、日米韓の協力による海軍力増強に乗り出している。
日米韓による軍民造船計画
米政府が造船業を巡り日本に安全保障と経済の両面で協力を求めている。日米で商業船舶を軍事転用可能な仕様で建造するほか、日本企業に米西海岸の造船業へ投資を要請する。因みに米国の造船能力は、国連貿易開発会議(UNCTAD)の2023年データによれば、総トン数6.48万トンとなっている。中国の造船総トン数は3,286万トンで、中国の生産力は米国の507倍となる。韓国1831.79万トン、日本996.52万トン、日米韓合計2,834.79万トンとなるが、それでも中国の3,286万トンには及ばない。2023年の中国の新造船受注量の世界シェアは66.6%だが、2024年の新造船受注量を見ると中国は74.1%とさらに上昇している。軍事用と商業用の境目なく国家主導で造船を進める中国は海軍の規模でも米軍を大きく引き離しつつある。
中国の造船能力の拡大を阻止し、海軍力の拡大を目指すため、米政府は、同盟国である世界造船2位の韓国、3位の日本と一体で米国の復活を図ろうとしている。
第1の目的は、商業船舶を軍事用に転換できる設計で製造するよう日本に提案する。建造需要を高く保ち、技術革新やコスト削減につなげる効果を見込む。対する中国は、大量のRO-RO船を建造しようとしている。RO-RO船は、フェリーのようにランプを備え、トレーラーなどの車両を収納する車両甲板を持つ貨物船のことである。車両甲板のおかげで搭載される車両はクレーンなどに頼らず自走で搭載・揚陸できる。戦車さえも揚陸可能とされ、台湾有事を睨んでの大幅造船計画だとの指摘もある。
第2は、平時での協力を強化する。横須賀などに前方展開している米軍艦船を日本の民間造船所で試験的に整備・修理・オーバーホール(MRO)しているが、これを拡大する。インド太平洋地域で活動した船舶が米国に頻繁に戻るコストと時間が削減でき、同盟の強化にも寄与する。
第3は、日本企業に米国の造船所への投資を促す。日本の技術や資金を活かして、衰退した米国内の造船所の再生を狙う。
米国の造船業がこれほどまでに衰退した原因はどこにあるのだろうか。
米国の造船業衰退の原因
米国の造船業は、1981年、レーガン政権の商業造船補助金制度の撤廃により、大きく後退し、4万人の労働者のレイオフをはじめ、造船業界全体が崩壊するに至った。当時、レーガン大統領は、「レーガノミックス」と言われた経済政策を推進して、スタグフレーションからの脱却を図るため、インフレの抑止と不景気からの脱出を目指していた。当初は巨額の財政赤字と貿易赤字 を生んだが、1990年代の米国経済繁栄の基礎になったとも評価されている。「軍事支出の増大による強いアメリカの復活」、「減税による労働意欲の向上」、「規制緩和」などの政策を次々と実行した。
一方、あまり効率が良くない造船業への補助金制度を撤廃するなどして軍事費を増強し、旧ソ連崩壊を実現した。米国は、旧ソ連崩壊後、世界に製造業の役割分担をさせて米国中心のサプライチェーン構築を目指し、自身は効率の良いサービス業に特化していった。その結果、米国は「産業空洞化」を招いてしまった。
この産業空洞化は、造船業のみならず、防衛産業全体の衰退にも繋がった。冷戦終結後、軍需産業の規模が縮小し、長期的な戦争を維持する能力が低下した。ウクライナ戦争では、米国のミサイルや弾薬の不足が顕著になり、防衛産業の脆弱性が露呈した。また、米国の防衛産業は、レアアースや半導体などの重要な資源を中国に依存しており、供給の不安定さが問題となっている。特に、軍需品の製造に必要な鋳造製品や電子部品の供給が滞ることで、軍事力の維持が困難になった。
さらに造船業や軍需産業に必要な熟練技術者の高齢化が進み、後継者不足が目立っている。これにより、軍艦の建造能力が低下し、米国の海軍力に悪影響が及んでいる。 防衛予算の偏りも顕著で、ハイテク兵器(ドローン、AI兵器など)への予算が集中し、従来の兵器や艦艇の建造に十分な資金が回っていない。そして地政学的影響も無視できない。米中対立の激化により、米国の防衛産業は新たな戦略を求められているが、中国の急速な軍需産業拡大に追いついていない。
一方、日本の造船業の現状に目を向ければ、日本は世界の造船市場で中国・韓国に次ぐ第3位のシェアを持っているものの、上位2国との差が大きく開いている。日本の造船業は韓国や中国に比べて企業の規模が小さく、人員不足で生産基盤が弱まっているが、技術力では世界的に高く評価されている。日本の軍用艦艇メーカーは現在、三菱重工業とジャパンマリンユナイテッド(JMU)、川崎重工業の3社があるが、長引く造船不況などを背景に事業を分社化したり造船業そのものから撤退したりするなどして再編が進んできた。
今、日米両国では、海上警備や防衛力の確保のため自国の造船業をどう維持するかが課題になっている。そのため、日米で、それぞれの産業の課題を解決するための協力を模索する動きがあり、両国の海軍力の増強も期待されている。
《参考》
「米国、防衛産業協力へアジア同盟国と新枠組み 中国対処」2024年1月12日、日経新聞。
「トランプ政権、日本に軍民両用の造船要請へ 米海軍長官」2025年4月28日、日経新聞。