米国のドナルド・トランプ大統領は2025年3月4日、米国議会で行った施政方針演説で「国防を支える産業基盤を強化するため、商船と艦艇を含むアメリカの造船業を復活させる」、「ホワイトハウスに造船局を新設し、造船業を本来あるべき場所であるアメリカに取り戻すための特別な税制優遇措置を提供する」と宣言した。
トランプ大統領の発言の背景にあるのは、米国の造船業の著しい衰退だ。米国の造船業は高賃金や規制の厳しさから、韓国や中国のような低賃金、低コスト、高効率の造船国に太刀打ちできなくなった。現在、中国は約59%という圧倒的なシェアを占め、続いて韓国は24%、かつての第1位国日本は第3位で、約15%前後、米国は0.1%以下に過ぎない。
米国造船業衰退の複合的要因
米国の造船業衰退には、複数の要因があると言われている。
(1)第二次世界大戦において、巨大な軍需工場として機能した米国は、その破壊的とも言える生産能力を世界に誇示した。例えば、リバティ船(Liberty Ship、戦時標準貨物輸送船)の大量建造では、1隻あたり平均42日、ピーク時には4日15時間29分という驚異的なスピードで建造された。最終的に2,710隻が建造され、連合国の勝利に大いに貢献した。豊富な資材、溶接技術の活用、ブロック工法、民間造船所の速やかな軍需転換、戦時生産庁(WPA)などの統制機関の設置など、様々な要因が建造能力の向上に結び付いた。東西冷戦が西側の勝利で終わると、造船関係の需要は激減し、政府の軍事予算も削減された。
(2)1920年に制定された「ジョーンズ法」により、米国内の海運はアメリカ製の船舶に限定された。ジョーンズ法とは、米国内の旅客・貨物輸送を、米国造船所で建造された、米国籍の、米国民所有で、米国人船員の乗り組む船舶によるもののみを認め、結果として外国製船舶の輸入を阻害した。この保護政策が逆に競争力を奪い、技術革新や効率化が進まなかったと指摘されている。
(3)1981年に就任したレーガン大統領が「非効率だ」として、米国の造船業への補助金を撤廃した。レーガン大統領が連邦補助金を撤廃した理由は、彼の経済政策「レーガノミクス」の一環として、政府の支出削減と市場原理の重視を掲げていたからだ。当時の米国は、スタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)という経済的難局に直面しており、レーガン政権はその打開策として「政府支出の削減」(「効率が悪い」と見なされた産業への補助金カット)、「規制緩和」(自由市場に任せることで競争力を高める)、「軍事支出の拡大」(冷戦下での旧ソ連への対抗を重視)などを実施した。造船業は当時すでに国際競争力を失い、補助金によって延命されている状態で、「非効率な産業への過剰な介入」と見做された。
その結果、1983年~2013年に米国ではおよそ300ヵ所の造船所が消滅し、大型商業船舶を建造できる造船所は4ヵ所(注)のみとなって、造船業の空洞化が加速した。米国の造船業は急速に縮小し、1980年代末には外洋商船の新規建造がほぼゼロになり、民間造船の衰退は海軍力の維持にも大きな影響を及ぼした。この政策は、短期的には財政健全化に寄与したものの、長期的にはアメリカの造船業の空洞化を招き、現在、中国や韓国に大きな差をつけられる原因となった
(注)
・フィリー造船所(Philly Shipyard、ペンシルベニア州フィラデルフィア。韓国のハンファグループが買収、ジョーンズ法に基づく商船建造)。
・ VTハルター・マリン(VT Halter Marine、ミシシッピ州パスカグーラ、米海軍向けなど)。
・ナショナル・スチール・アンド・シップビルディング・カンパニー(NASSCO、カリフォルニア州サンディエゴ、米海軍向け及び次世代LNG推進船など)。
・オースタルUSA(Austal USA、アラバマ州モービル、豪州造船大手オースタル社の米国子会社)。
米国造船業の衰退が米国海軍に与えた影響
米造船業界は少数の大手造船所に依存しており、人的資源や熟練労働者の不足により船舶の建造が予定より数年遅れるケースが多発している。老朽船舶のオーバーホールや整備も滞り、船舶の稼働率が低下し、労働力不足や生産性の低下により、船舶1隻当たりの建造コストも増加している。造船業界における下請け・部品供給のサプライチェーンも縮小傾向にあり、自給自足能力が脅かされている。
こうした米国の造船業の衰退は、海軍の建造能力にも大きな影響を与えている。例えば、予算超過が常態化し、他の重要な軍事プロジェクトに割く資金を圧迫しており、艦艇の修理や建造すら、日韓の造船所に依存せざるを得ない場面も増えている。有事や戦争勃発時においても、急速な艦艇増産が困難な状態に陥っており、持続的な即応力・戦力投射力・抑止力に大きな懸念がある。
現在、米海軍は、中国やロシアといった戦略的競争相手に対する優位性が揺らぎつつあることを憂慮し、艦隊の規模維持・拡大を目指しているが、新造艦の建造が全く追いついていない。
日米造船業へ積極的支援を打ち出す日本政府
中国が国家戦略として造船業を強化し、毎年10隻近くの軍艦を建造しているのに対し、米国は駆逐艦クラス1~2隻を建造するのがやっとという状況にある。米政府・議会は近年、造船業への投資・労働者育成・設備近代化支援を強化し始めているが、回復には長期的な戦略と実行力が不可欠だ。米国の造船業は「かつての栄光」からはほど遠く、今や同志国の支援なしには維持が難しい状態に陥っている。
こうした状況に対し、日本政府は、国内及び同志国への造船業支援策として「国立造船所構想」を打ち出した。その本旨は、「国が造船所を建設して民間に貸与」、「1兆円規模の官民の基金設立」、「経済安全保障推進法の特定重要物資に船体を追加」、「デジタル技術の導入による効率化」、「同志国向けの船舶建造、修繕を拡大、技術支援の仕組み構築」などで、他国に過度に依存することのない海事産業全体の再生を目指し、さらに米国の造船業復活を支援する。日米造船業の復活は、今後の日本政府の支援策が大きなカギを握るだろう。
(参考)
「『国立造船所』建設を検討 政府・自民、造船業復活へテコ入れ」、2025年6月20日、日経新聞。その他報道