日本の国家存立を不安定化させる要因とは何かと言えば、近代国家の繁栄に必要なエネルギー、資源がほぼ産出されないことである。島国である日本は、これらを運ぶためには船舶による輸送しかなく、北米、南米、東南アジア、中東、豪州、インド、中国など広域なシーレーン・ネットワークを確保しなければならない。
第二次世界大戦において、米国は日本のアキレス腱がシーレーンにあることを見抜いて、潜水艦による「群狼作戦」により、日本のシーレーンに大打撃を与えた。欧州におけるドイツの敗北が決定的になると同時に、アジアにおける趨勢も米国有利に傾くことになった。敗戦後も日本のアキレス腱が少しも改善されたわけではないが、米国の強い庇護の下に日本はシーレーンを維持することに成功し、GDP第二位の経済大国に上り詰めた。
これほどの経済大国となった日本ならば、もうシーレーンを脅かす外敵は存在しなくなったのだろうか。
いや、そうではあるまい。米中貿易対立と米国の力の退潮が目立つ今、むしろ、シーレーン防衛は、日本にとって最も重要な課題となったのである。
第二次世界大戦中のシーレーン防衛
無資源国日本にとって何が最大の弱点であるのかは、それほど難しい答えではない。国家存立に必要な軍事力は、単純に言えば「飛行機、艦船、戦車などの兵器」であるが、いずれも弾薬や燃料が無ければただの飾り物に過ぎない。そして兵器を造るための鉄、非鉄金属、半導体、ゴム、アルミなどの戦略資源、人間が生きるための水、食糧などは絶対である。戦争がどれほどの物資と資金、そして人の命を浪費するものであるかは、今のウクライナ戦争を見てもよく分かることだ。
日本がなぜシーレーン防衛という最も重視しなければならないはずの戦略目標を誤り、大失敗に終わったのか、その原因を簡単に解説してみたい。
① 艦隊決戦至上主義への過剰な信頼
日本海軍は艦隊決戦主義に固執し、敵主力艦隊撃滅を最優先とした。これは日露戦争における日本海海戦での完全勝利という成功体験に裏付けられたものであり、海軍のみならず、人間が成功体験から脱するのは非常に難しいことも事実だ。
そのため、商船護衛やシーレーン防衛は後回しにされ、通商破壊戦の重要性を軽視した。潜水艦も主に艦隊決戦の補助的役割に位置付けられ、通商破壊用への本格的転用が遅れた。結局、太平洋では艦隊決戦は起きなかった。
② 対潜戦・海上護衛の認識不足と準備不足
米潜水艦の能力を過小評価し、初期には輸送船に護衛をつけず単独航行を続けた。その後も護衛艦や護衛空母の数・性能が不足し、新型海防艦も低速・装備不足で潜水艦捕捉・攻撃が十分でなかった。戦争末期には、米潜水艦は巧みな「群狼戦法」を使用して、日本の輸送船に大打撃を与えるようになったが、それに対応できる戦術的ノウハウや対潜技術開発が未整備だった。
③ 情報戦(暗号解読)への無関心・危機意識の欠如
米軍は日本の海上護衛通信を解読し、船団の航路や位置を掌握していた。日本海軍はこれに気づかず、暗号の改変や対策を怠った。米潜水艦は、日本の輸送船団の動向について情報の共有化ができていたため、事前に待ち伏せの準備ができ、会敵率が高まり、輸送船被害が急増した。
④ 運用の硬直性と組織的欠陥
軍令部内部で護衛強化への反対意見や、資源不足による護衛能力割り振り不足があった。専門的な対潜戦研究・情報収集・統計分析が不十分で、実態把握も遅れた。
⑤ 物資・人員不足と戦時資源配分の歪み
当初の船舶損失の見積もりが甘く、日本の造船能力では損失を補填できなかった。民需用船舶の過剰な徴用で経済全体が疲弊し、継戦能力に悪影響を及ぼした。
哨戒艦の増強と国際協調
中国の海軍力の大幅な増強と尖閣諸島をめぐる争いなどを受けて、日本の海上自衛隊は、「かが」「いずも」の空母改修を経るなど、海軍力の強化と再編成を行っている。また日本は、中国と南沙諸島をめぐって係争中のフィリピンを準軍事同盟国と見なし、レーダーを輸出したほか、中古の護衛艦「あぶくま」型6隻を輸出する見込みである。
中でも、最近、海上自衛隊は、新艦種として哨戒艦(OPV:Offshore Patrol Vessel)を10隻建造する予定であり、それにはいくつかの重要な理由がある。
① 周辺海域の警戒監視強化
中国やロシアなど周辺国の海軍活動が活発化しており、日本の排他的経済水域(EEZ)や領海を航行する外国艦艇の監視が重要になっている。
② 護衛艦の負担軽減
老朽化した護衛艦の代わりとして、より省人化・低コストで運用できる哨戒艦を導入することで、護衛艦を本来の任務である対潜、対空戦闘とシーレーン防衛に集中させる。
③ 人員不足への対応
少子化によって自衛官の確保が難しくなっている中、哨戒艦は自動離着桟機能や遠隔操作の監視・消火システムなどを備え、少人数での運用が可能な設計になっている。
④ 将来的な海外派遣の可能性
哨戒艦は沿岸警備が主な任務だが、災害派遣や国際協力活動など、海外でのプレゼンス強化にも活用できる。
つまり、哨戒艦の建造は、「比較的コストがかからない効率的な監視船」を増やすことで、日本の安全保障と国際的な責任を両立させようとする動きである。第二次世界大戦においては、日本にこうした専門の哨戒艦を建造する余裕はなく、漁船改造の特設船が使われるなど、多くの犠牲者が出たことは返す返すも残念である。