日本をめぐる安全保障環境を見てみると、中国の厖大で強力な海軍の建設、いつ起こるか分からない台湾侵攻、中国の力による一方的な現状変更、北朝鮮による核兵器開発の加速化、米国の力の後退、そしてロシアのウクライナ戦争など、厳しい情勢が続いている。
これまで常識のように信じられてきた日本の安全保障の原則について見直さなければならない時期に来ているのではないだろうか。
第1に、日本では、中国を刺激してはならないとよく言われる。どのようなことが刺激に該当するのだろうか。例えば、日本政府高官が台湾を訪問したり、台湾の独立を支持するような発言や声明を出す。台湾有事を念頭にした自衛隊の訓練や米軍との共同演習の実施、政治家の靖国神社参拝、尖閣諸島に関する日本の主権を強調する発言、新疆ウイグル自治区や香港における人権侵害への批判や中国企業への規制、対中投資の制限や技術流出防止策の強化などであろう。
それでは、「刺激してはならない」とする理由は何か。
もし刺激すると、日本に対する経済制裁、観光客の制限、輸出入規制などの報復措置、首脳会談の中止、対話の停滞、台湾海峡や東シナ海での軍事的緊張によるシーレーンへの脅威増大、日本企業の中国市場への依存度が高いことによる日本経済の打撃などが懸念されるからである。
だが、これでは日本はいつまで経っても中国の顔色を窺いながら生きていかなければならない。福島原子力発電所の核処理水を「核汚染水」と言って、一方的に日本の水産物の輸入をストップさせるなど、中国はいくらでも外交カードを切って来る。結局、刺激しようがしまいが強権的な中国は日本に脅威を与える存在なのである。こうした中国とどこまでも話しあいで解決していけるのだろうか。中国を自由にさせておけば、エネルギーや資源に重大な問題を抱える日本の国家存亡の危機さえ招きかねない。
第2に、日本独自の概念である専守防衛は本当に可能で正しいのか。専守防衛の戦術では、もし戦争が起きると、日本の国土は苛烈な戦場となる。敵国の攻撃を待っているうちに第1撃で最前線の自衛隊は壊滅し、後ろに控えている無抵抗な国民にミサイルやドローンなどが雨あられと注がれる。専守防衛を墨守すれば、大量の国民が犠牲となる本土決戦(地上戦)となるのだ。第二次世界大戦において、沖縄は本土決戦(地上戦)となった。狭小な島の防衛戦は、どこにも逃げ場がなく、住民も巻き込む悲惨な戦場だ。戦闘においては、戦力豊富で主導権を持つ攻撃側が絶対有利であり、攻撃3倍の原則(有効な攻撃は相手側の3倍以上の戦力が必要)によって、防御側の脆弱な部分を攻撃することができる。沖縄においても、米軍は陸海空の三位一体の戦術を駆使し、艦艇1500隻、4万発の艦砲射撃、1600機の艦載機、後方支援部隊を含めて54万人もの地上軍を沖縄に投入した。当時の日本軍は、残存兵力を集めて戦艦大和の特攻など最大の抵抗を示したが、住民約9万4千人を含む合計約20万人の犠牲者を出し、戦闘は終結した。
日本のように海に囲まれた狭小な国土では、地上戦となった場合、安全な場所に避難(国外避難)することが容易でないことは明らかだ。沖縄戦の悲劇を現代において繰り返してはならない。
第3に、武力攻撃を受けた際に避難する緊急避難場所、もしくは核シェルターが殆どないことがある。日本の核シェルター普及率を諸外国と比べると、韓国(ソウル)300%、スイスやイスラエルが100%、ノルウェー98%、米国82%、ロシア78%、英国67%、シンガポール54%などとなっているが、日本はわずか0.02%に過ぎない。韓国や台湾では、地下鉄を緊急避難所(防爆体)として設定しており、韓国のソウルなどの大都市や台湾は人口の3倍をそれぞれ収容できるとされる。韓国の地下鉄の駅は、北朝鮮の核攻撃を前提として、シェルターとして使えるように設計されており、日本の駅より頑丈で、地下鉄の駅が地下深くまで伸びており、多くの住民が避難可能だ。
他国と比較して、なぜ日本の核シェルター普及率は低いのだろうか。世界で唯一の被爆国であり、8月6日広島、8月9日長崎では毎年平和式典が開催され、核実験が行われた際には抗議行動も行っている。だが、危機意識が低い日本人の多くは「まさか核ミサイルが落ちることはないだろう」という全く根拠のない共通認識を持っている。また、現時点で核シェルター設置の義務や専用補助制度は存在せず、国や地方自治体の支援制度もほぼ皆無である。
日本政府は、2024年3月29日、「武力攻撃を想定した避難施設(シェルター)の確保に係る基本的な考え方」を公表した。その中で、「住民の避難及び救援を迅速に行うため、平時から指定された施設の必要性」「一定期間、避難可能で堅ろうな施設の整備が求められ、特に広域避難を考慮した設計が重要」「国が作成したガイドラインに基づき、避難施設の設計や運用の進捗」「地域の実情に応じた避難施設の充実が求められ、特に先島市町村においては、特定臨時避難施設の整備の進捗」などが訴えられた。
具体的には、台湾有事を想定し、近接する先島諸島への避難施設(核シェルター)の先行整備と東京都の小池知事が「首都防衛」を念頭に、緊急一時避難施設の指定を進め、都内全人口を収容可能な施設の確保を表明している。まず手始めに東京都は、都営地下鉄・大江戸線の麻布十番駅併設の防災備蓄倉庫を改修してシェルター化を完成させるとしている。
だが、これではあまりにも不十分だ。ミサイル発射を警告するJアラートが発令されたとしても、地下鉄も堅固なビルさえない地域はどこに避難したらいいのだろうか。
まとめ
日本人が抱いている「話し合えば何とかわかる」「分かってもらえる」「礼儀を尽くせば理解し合える」などという認識は国際社会では、全く通用しない。いつまでも平和な時代が続くという考えは、はっきり言って幻想でしかない。310万人の日本人が犠牲となった大戦争を経験した日本人にとって、非常に辛い選択ではあるが、戦争という「国難」が起こる可能性があることを想定して、我々は前に進まなければならない。同盟国、準同盟国との関係強化、防衛力の拡充など、敵対国に「手を出せばケガ程度ではすまない」と思わせることが本当の意味の専守防衛なのではないだろうか。
参考:「日本における危機管理体制の課題 ―防災と有事にどう対処するか―」、濱口 和久、2024年6月27日、一般社団法人平和政策研究所。