存立危機事態をめぐる高市総理答弁の評価と解説

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副会長・元防衛事務次官 島田和久

1 はじめに
 高市政権発足後、最初に行われた昨年11月7日の衆議院予算委員会において、高市総理は、野党議員の質問に対し、存立危機事態になり得るケースについて、具体的な答弁を行った。その直後から、この答弁を巡って、内外で、多くの議論が巻き起こっている。答弁の妥当性、存立危機事態とは何か、抑止力を上げるのか下げるのか、手の内を明かすのではないか、台湾をめぐる日中の立場の相違、米国の戦略的曖昧さとは何か等々、議論は多岐にわたっている。
 存立危機事態は、第2次安倍政権で成立した平和安全法制によって創設された概念であるが、筆者は、総理官邸で、その立案段階から法案成立までの間、一貫して同法制を担当し、その後、防衛省において法制の試行・具体化に携わったことから、昨年来、様々なところで説明を求められる機会があった。今なお、中国の威圧的言動はエスカレートを続けており、また、衆議院の解散、総選挙により本件が再び争点となる可能性があることから、ここで、改めて内容を整理しておくこととしたい。
 
2 総理答弁の整理
(1) まずは、高市総理の答弁を振り返ってみたい。議論の対象となっている答弁(以下「総理答弁」という。)は、次のとおりである。
「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。」(下線筆者)
 ただし、この答弁に至るまでに、岡田克也議員との複数のやり取りの中で、具体的な前提条件が示されている。まず、岡田議員は、「台湾とフィリピンの間のバシー海峡が封鎖された場合」と質問し、高市総理は、「台湾に対して武力攻撃が発生する、海上封鎖というのも、戦艦で行い、そしてまた他の手段も合わせて対応した場合」、「例えば、その海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、こういった事態も想定されることでございます」と答弁している。その上で、上記の答弁がなされている。
 
(2) 岡田議員と高市総理の質疑全体を整理すると、総理が判断の前提としているシナリオは、次のとおりと理解できる。
・ 中国が台湾を併合するため、台湾に対する武力攻撃を開始。
・ 中国は、バシー海峡をはじめ台湾周辺の海域を戦闘艦艇によって海上封鎖。
・ 海上封鎖を解くため米軍が来援。
・ 米軍による封鎖解除を防ぐため、中国は米軍に対しても武力を行使。
 
(3) なお、質問者は「バシー海峡の封鎖」と述べているが想定される事態は、台湾全体に対する海上封鎖である。目的は台湾への兵糧攻めであり、バシー海峡だけの封鎖という前提は妥当ではない。実際、近年の中国の軍事演習は台湾を取り囲む形で行われている。昨年末に行われた演習は、沖縄の東海域まで軍艦や海警が展開した模様であり、第1列島線の封鎖にまで拡大していると言える。総理が質問者の「海峡封鎖」いう言葉をオウム返しにせず、「海上封鎖」や「シーレーンの封鎖」と答弁しているのは、このような現実を踏まえたものと考えられ妥当な認識である。
 また、軍の艦艇による海上封鎖(naval blockade)は、国際法上、それ自体で「武力攻撃(armed attack)」に該当すると判断される。したがって、非常に厳しい事態を想定していると言える。
 
(4) 付言すれば、「戦艦」という表現について、そのような艦種は第2次大戦までのもので、今や存在しないという専門的視点の批判も目にするが、これは“battleship”という特定の艦種を指すものではなく、”warship”つまり戦闘艦艇=軍艦を指すものと理解するのが相当であり違和感はない。社会通念上、軍隊が使用する車両、航空機、船舶は、戦車、戦闘機、戦艦なのである。更に言えば、2025年12月、米国は、トランプ級戦艦(Trump Class Battleships)の建造を発表したので、過去の艦種とも言えなくなっている。
  なお、野党議員は内閣に対し、総理答弁にある「戦艦」は「言い間違い」ではないかとの質問主意書を提出しており、これに対し内閣は閣議決定をした答弁書で次のように回答しているi
 「「戦艦」の意味は、例えば、広辞苑(第7版)によれば、「①戦争に用いる船。軍艦。戦闘艦。②軍艦の一種。最も卓越した攻撃力と防御力とを有する大型艦で、第二次大戦までは水上兵力の中心。」とされているものと承知しており、文脈によってその意味するところが異なり得るため、「言い間違い」との御指摘は当たらない。」
 
3 総理答弁の法的な評価
(1) 存立危機事態とは、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態である。
 存立危機事態については後ほど詳述するが、まず総括的に述べれば、総理答弁は、法律上の定義に照らし、存立危機事態になり得る典型的な事態について答弁されたものと評価し得る。それゆえ、「手の内を明かす」、といったものではない。
 
(2) 具体的に述べれば、上述したシナリオの事態が起きた場合には、大きく分けて、4つの事柄を考えなければならない。
① 中国は尖閣諸島を自国領土だとの独自の主張をしているが、具体的には、尖閣諸島は台湾の一部分であると主張している。したがって、台湾への武力攻撃が発生した場合には、尖閣諸島への武力侵攻も予測され、あるいは切迫していると見るべきである。なぜなら、尖閣諸島を占領しなければ、台湾を完全に併合したとは言えないからだ。 
② 台湾と与那国島は110キロしか離れていないなど、台湾と我が国との地理的関係を考えれば、与那国島はじめ先島諸島に戦禍が及ぶことが予測され、あるいは切迫していると見るべきである。先島諸島の住民避難も必要になる。 
③ 我が国は貿易(輸入・輸出)の99.5%、うち輸入は99.7%を海上輸送に依存しているためii、台湾のシーレーンが海上封鎖され、かつ、台湾及び来援する米軍に対する武力攻撃が発生した場合には、我が国の海上輸送にも重大な影響が生じ、生活物資の不足や電力不足によるライフラインの途絶など、国民に深刻、重大な影響を与える明白な危険がある。具体的に言えば、
(a) 中国の軍事力増大により、同国が追求してきた接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略は既に完成の域に達しており、米軍の第2列島線(伊豆諸島を起点に小笠原諸島、サイパン、グアム、パプアニューギニアに至るライン)の西側への進出を阻む軍事行動を行うであろう。
(b) A2/ADの主要な手段は対艦ミサイルである。対艦ミサイルが発射される事態となれば、第2列島線の内側の海域では民間船舶の安全確保は困難であり、海上交通はストップすることになろう。日本の主要港に入港する以上、迂回は困難である。
(c) 海上運送法第26条に基づき、船舶の運送を強制する「航海命令」の制度はあるが、同制度は武力攻撃の発生までは前提としていない。また対象は我が国の船舶運航事業者であるが、日本商船隊の85.8%は外国船籍でありiii、命令の実効性に欠ける。いずれにしても、船員に乗船を拒否された場合には海上交通はストップしてしまう。なお、日本商船隊の船員の98.4%は外国人であり、日本人は1.6%に過ぎないiv
④ 来援した米軍の主要な作戦基盤は、在日米軍基地である。したがって、米軍を阻止するため、中国による在日米軍基地への攻撃が予測され、あるいは切迫していると見るべきである。なぜなら、後述するように、在日米軍基地が使用できない場合には、米軍は中国の台湾侵攻を阻止できないと見込まれているのである。
 
(3) 以上のような状況の下、我が国を守り、反撃する能力を持つ同盟国である米軍への武力攻撃を止めず、「我が国に対する直接の武力攻撃の発生」を待って対処するのでは、その頃には米軍も損失を被っており、我が国は、取り返しのつかない甚大な損害を被る可能性が高い。つまり、上記①~④が現実化する明白な危険があると評価し得る。
 上述したシナリオは、法律の定義に照らし、存立危機事態に該当し得ることは自明であり、存立危機事態になり得る典型的な事例とも言える。総理が「どう考えても存立危機事態になり得るケース」と答弁した通りである。
 なお、上記①~④は、それ自体で武力攻撃予測事態、あるいは切迫事態とも成り得る事態であり、③は状況により武力攻撃が発生した事態ともなり得る。
 このように、総理答弁は、法律の定める要件に該当する典型的な事例について答弁されたものであり、また、それゆえ、「手の内を明かす」といったおそれがある答弁ではない。
 
4 総理答弁の防衛上の評価
(1) 結論を先に述べれば、総理答弁は、中国の台湾への武力侵攻を防ぎ、存立危機事態を防ぐという観点で、抑止力を向上させたと評価し得る。
 かねてより、米国のヘグセス戦争長官は、「米国単独では中国を抑止することはできず、日本をはじめ同盟国と連携する」旨を公に発言しておりv、2025年12月に公表された米国の国家安全保障戦略でも同様の趣旨が繰り返されている。
 また、このようなことを背景に、米国政府の中には、台湾有事で米中が軍事衝突した際の日本の役割を明確化すべきであり、「関与」を求めるという主張があるvi
 
(2) このような中、我が国は、インド太平洋における米中のパワーバランスの逆転を見越して、第2次安倍政権以降、限定的な集団的自衛権の行使を可能とする「制度」の改革を行い、さらに防衛力の抜本的強化により制度に対する「実力」の裏打ちをしてきた。そして今回は、法定要件を満たす場合には、日本は制度に沿って能力を発揮するという「意思」を示したのである。我が国の「能力(制度+実力)×意思」を中国に認識させたことになり、抑止力を向上させたと評価できるだろう。
 同時に、米国政府に対しても、日本の意思を示す効果があったと評価できる。
 
(3) これは、米国のシンクタンクCSIS(Center for Strategic and International Studies戦略国際問題研究所)が2023年に行った報告書からも検証することができるvii。具体的には、中国による台湾本島への大規模上陸作戦を想定し、様々なシナリオで24回のウォーゲームを実施した結果、22回は、アメリカ・台湾・日本が中国の通常兵力による侵攻を撃退し、台湾の自治を維持したが、2回については、中国軍が台湾を制圧(中国が勝利)した。2回のうち1回は、米国が台湾を防衛せず台湾が単独で戦うケースであり、もう1回は、米国は台湾防衛を行うが、日本が「中立」を保つケースである。つまり、日本は台湾防衛のために在日米軍基地を使用することを許さず、かつ、存立危機事態を認定せず米国に対して集団的自衛権を行使しないというシナリオである。前者は米軍が戦わないケースであるが、後者は、米軍が戦って敗れる唯一のケースである。
 
(4) これらのことから明らかなように、日本が米国と足並みを揃えることが、「勝利の方程式」なのであり、中国による台湾の武力併合を防ぐ唯一の途とも言える。
 中国側から見れば、台湾の武力併合という「力による一方的な現状変更」へと乗り出すに当たっては、「日本の中立化」が確保できるか否かが重大な判断要素になる。今回の総理答弁は、次に示すように中国の言動が一方的にエスカレートを続ける中、日本が防衛力の強化に加え、その意思を明確にしたことで、中国の戦略計算に影響を与えたものと考えられる。かかる観点からも抑止力を高める効果があると評価し得る。 
 
(参考)近年における中国の言動のエスカレート
① 2019年1月、習近平氏は総書記に就任後、初めて「台湾に対する武力行使の放棄を約束しない」と明言。さらに、2022年10月、異例の総書記3期目に入った党大会で、「台湾に対する武力行使は決して放棄せず」と発言(今世紀に入って総書記が党大会で述べるのは初めて)。
② 習近平総書記は、人民解放軍に対して、軍創設100周年に当たる2027年までに、台湾への武力侵攻を成功させるための準備を整えるよう指示(米CIAが公表するなど指摘多数)。
③ 台湾に対する挑発的行為はエスカレート、大規模演習を繰り返し、台湾への圧力を強化。
④ 2025年4月、米インド太平洋軍による米議会・上院軍事委員会への報告では、「中国が台湾周辺で見せている威圧的な動きは、もはや単なる演習ではない。台湾の武力統一に向けたドレスリハーサルである」と評価。なお、ドレスリハーサルとは、本番と同一の条件・進行・環境で行う最終確認のためのリハーサルを言う。
⑤ 2025年6月、2個空母打撃群(空母2隻)を同時に太平洋に進出させ、うち1個空母打撃群は第2列島線を越えて南鳥島の我が国排他的経済水域(EEZ)を行動。米空母の来援阻止訓練を実施したものと考えられる。
⑥ 2025年12月上旬、公表せずに100隻を超える海軍・海警局艦船を台湾周辺及び沖縄の東側の太平洋にまで展開させるステルス大規模封鎖演習を実施。
⑦ 上記と同時期に、1個空母打撃群が沖縄本島と南・北大東島の間の我が国EEZ及び防空識別圏(ADIZ)内を行動。260回に及ぶ戦闘機の発着艦を実施し、スクランブル発進した空自戦闘機に対し中国の空母艦載機がレーダーを照射。この行動は上記⑥に連動したものであったと考えられる。
⑧ 2025年12月27日、ロシアは北方領土で射撃訓練を行うと日本に通告したが、その直後の同月29日、中国は予告なしに台湾を包囲する軍事演習「正義使命2025」を開始。中露が戦略的に連携した初のケースと考えられる。また、同演習では、初めて「全次元的な拒否」と我が国の「宮古海峡の封鎖」に言及。陸、海空、に加え、サイバー攻撃や認知戦を含む「オール・ドメイン」の台湾包囲と第1列島線の封鎖訓練を実施。
 
(5) 何が、このようなエスカレーションへと中国を突き動かしているのか。それは習近平主席が繰り返しているように、中国共産党が「中華民族の偉大な復興」を最上位の国家目標として掲げ、党の「歴史的使命」として位置づけていること、そして、「台湾問題を解決し祖国の完全統一を実現することは、確固不動の歴史的任務」であり、「中華民族の偉大な復興の必然的要請」だからである。
 問題はその手段だ。中国は「反国家分裂法」により、台湾併合のための武力行使を「合法化」しており、習近平主席は、台湾併合のためには「決して武力行使の放棄を約束しない」と繰り返している。中国は国家目標の達成に向け、着実に台湾併合の準備を進めているのである。
 「余計な発言で中国を刺激するな」、という主張は俗耳に入りやすい。しかし、日本が黙って何もしなければ武力行使が避けられるのであろうか。現実はその逆である。国家目標の実現のために力による一方的な現状変更を厭わない相手に対しては、それが実現困難だと認識させる以外に、現状を維持する有効な手立てはない。我々は現実を直視する必要がある。
 
(6) なお、米国が台湾に対して「戦略的曖昧さ」(いわゆる曖昧戦略)を取っていることに対し、総理答弁は、我が国の手の内を明かし、抑止力を損なったという趣旨の批判が散見される。
 米国の戦略的曖昧さ(いわゆる曖昧戦略)とは、中国による台湾侵攻への対応を明確にしないことにより、中国による台湾侵攻と、台湾による独立宣言、の双方を防ぎ、台湾海峡の現状を維持しようという政策である。つまり、台湾を守らないと言えば、中国の侵攻を招きかねず、台湾を守ると言えば、台湾の独立宣言を招きかねないので、いずれとも言わないという純粋に政策的な方針である。
 これに対し、存立危機事態は、我が国国民の命と平和な暮らしを守るため、法律上明確な要件が定められている点で、米国の純粋な政策とは異なっている。その上で、総理答弁は、法律上の要件に照らし自明の内容を述べたものであり、手の内をさらす、との指摘は当たらず、上述のように抑止力を向上するものである。
  付言すれば、米国の戦略的曖昧さについては、バイデン前大統領が、「台湾を守る」と(筆者が知る限り)4回発言していることが象徴しているように、既に約割は終わったとする意見が米国にもあるviii。また、安倍晋三元総理も、「戦略的曖昧さが機能していた時代は終わった」、「今日では、台湾に対するアメリカの曖昧さの政策は、中国にアメリカの決意を過小評価させる一方で、台北の政府を不必要に不安にさせることによって、インド太平洋地域の不安定化を招いている」として、「中国によるいかなる台湾侵攻の試みに対しても、台湾を防衛する意思があることを、アメリカが明確に示すべき時が到来した」と述べているix。米国の戦略的曖昧さを金科玉条のごとき前提とした総理答弁批判ではなく、今求められるのは、米国の伝統的戦略の検証ではないだろうか。
 
5 存立危機事態と集団的自衛権行使
(1) 武力行使の3要件
 ここで改めて、議論となっている存立危機事態と集団的自衛権の行使との関係について整理しておきたい。
 日本国憲法は武力の行使について、極めて厳格な制約を課している。憲法第9条のもとで許容される自衛の措置としての「武力の行使」の3要件は次のとおりである。3つの要件とも法律上、明確に定められている。
・第1要件:わが国に対する武力攻撃が発生したこと、または、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること 
・第2要件:これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
・第3要件:必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
 
(2) 存立危機事態
 このうち、第1要件の後段、すなわち、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態が存立危機事態であり、武力攻撃事態対処法第2条第4号に定義が規定されている。なお、「我が国の存立が脅かされ」と「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」とは、表裏一体の関係であり、両者で1つの事柄を表したものであって、加重要件ではない。
 なお、前段、すなわち、「わが国に対する武力攻撃が発生した」事態は、武力攻撃事態である。
 
(3) 武力の行使
 武力行使が許されるのは、第1要件として、それぞれの「事態」が認定され、かつ、第2、第3要件を満たした場合に限られる。武力攻撃事態の場合における武力の行使は個別的自衛権の行使に該当し、存立危機事態の場合における武力の行使は、集団的自衛権の行使に該当する。
 以上からわかるように、存立危機事態(あるいは武力攻撃事態)を認定しただけで、武力を行使できるわけではない。
 また、3要件は憲法上、武力行使が許される要件であり、これに加え、①集団的自衛権の行使については、国際法上、攻撃を受けた国からの「要請」が必要である。また、②法律上の手続きとして、自衛隊が武力の行使するためには、閣議決定を経て、内閣総理大臣が防衛出動命令を下令する必要があり、③自衛隊に対する防衛出動の下令には、原則として事前の国会承認が必要である。
 武力行使の3要件は、それ自体として、世界に例を見ない厳格な要件であるが、それに加え、実際に武力行使を行うためには、上記に示したような要件と手続きを踏まなければならない。
 なお、存立危機事態を認定した場合には、第2、第3要件を満たさなくとも、米軍その他の外国軍隊に対する後方支援を行うことは可能である。
 
(4) 限定的な集団的自衛権行使
 存立危機事態における集団的自衛権の行使としての武力の行使は、平和安全法制によって認められたものであるが、国際標準に比して限定的なものである。
 国際法上、国家には、自らが武力攻撃を受けた場合には、これを実力で排除する権利がある。これが個別的自衛権である。さらに国際法上、自国と密接な関係にある外国(典型例が同盟国)に対する武力攻撃があった場合、自国が直接攻盤されていななくても、実力をもって阻止する権利がある。これが集団的自衛権である。
 例えば、日米安全保障条約に基づいて、アメリカが日本を守る場合が集団的自衛権の行使である。このように、日本を守ること自体、つまり他国を防衛することそれ自体を目的として実力を行使することが許される。これが国際法上許される「フルスペック」の集団的自衛権である。
 一方、平和安全法制で認められた集団的自衛権は、あくまで日本を守ることが目的である。その定義にあるように、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が要件である。「フルスペック」の集団的自衛権であれば、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」するだけで足りるが、それに加え、「これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」という大きな限定がかかっている。集団的自衛権ではあるければ、その目的は、あくまでも日本を守り、国民を守ることであり、「我が国と密接な関係にある」他国といえども、当該他国を守ること自体が目的ではない。
 我が国も主権独立国家として、国際法上は、「フルスペック」の集団的自衛権を保有していることは当然であるが、憲法によって、その発動(行使)に大きな制約が課されているのである。
 
(5) 我が国と密接な関係にある他国
 それでは、「我が国と密接な関係にある他国」とはいかなる国であろうか。政府は次のように説明している。
① 一般に、外部からの武力攻撃に対し、共通の危険として対処しようという共通の関心を持ち、我が国と共同して対処しようとする意思を表明する国を指すものと考えている。
② いかなる国がこれに当たるかについては、あらかじめ特定される性質のものではなく、武力攻撃が発生した段階において、個別具体的な状況に即して判断されるものであり、一概にお答えすることは困難。
③ ただし、我が国の平和と安全を維持する上で、 日米同盟の存在及びそれに基づく米軍の活動は、死活的に重要であり、同盟国である米国は、基本的に、これに当たるであろうと考えている。
④ 米国以外の外国が、これに該当する可能性は、現実には、相当限定されると考えられるが、いずれにせよ、個別具体的な状況に即して、判断されることになる。
⑤ 我が国が外交関係を有していない国、未承認国、分裂国も含まれ得る。ただし、北朝鮮が該当することは全く考えられない。
 
(6) 台湾の該当性
 総理答弁では、「我が国と密接な関係にある他国」は米国という前提であるが、理論的な整理として、台湾が「我が国と密接な関係にある他国」に該当することはあるのだろうか。私見ではあるが、少なくとも、「法理上は当り得る」、より慎重に言えば、「排除はされない」ということだと考える。
① まず、台湾は、国際場裏において、「中華民国」として、2025年12月現在、12か国と国交を結んでいる。
② 国際法の主体としての国家の資格要件を定めた、「国家の権利及び義務に関する条約」(モンテビデオ条約 (1933年))は、次のとおり規定している(条文は仮訳)。
・ 第1条:国際法上の法人格としての国家は、次の資格を有すべきである。(a) 永久的住民、(b) 確定された領域、(c) 政府、(d) 他国と関係を取り結ぶ能力
なお、このうち、(c)+(d)が、いわゆる「国家の3要素」の「主権」に相当するものと考えられる。
・ 第3条:国家の政治的存在は、他国による承認とは無関係である。承認前であっても、国家は、その完全性および独立を防衛し、自己の存立および繁栄を確保し、したがって自ら適当と考えるところに従い自己を組織し、自己の利益に関して立法し、自己の役務を運営し、ならびに裁判所の管轄および権限を定める権利を有する。
③ 台湾の実質を見れば、上記条約の定める「国家」としての資格を有することは否定できないであろう。その上で、台湾が、「外部からの武力攻撃に対し、共通の危険として対処しようという共通の関心を持ち、我が国と共同して対処しようとする意思を表明する」場合には、外交上や政策上の判断は脇に置くとして、あくまでも法理上は、「我が国と密接な関係にある他国」に該当することが有り得ない、と言い切ることはできないであろう。
④ ただし、日台間の現状は、「非政府間の実務関係」として維持されているため、政府の役割である防衛分野での協力は行われていない。このため、現実には、有事の際の共同対処は困難と言わざるを得ないであろう。
 
(7) 存立危機事態への該当性
 次に、どのような事象が生じれば、存立危機事態に当たるのか。政府見解を見てみたい。
① 一般論としては、「事態の個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して客観的、合理的に判断することとなるため、一概に述べることは困難」というのが基本であり、判断に当たっては、「実際に我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思、能力、事態の発生場所、事態の規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断することとなる」とされている。
② また、別の観点から次のようにも説明されている。「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」 とは、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合において、そのままでは、すなわち、その状況の下、武力を用いた対処をしなければ、国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況であるということをいうものと解される」という説明である。
 それゆえ、政府は、存立危機事態に該当するのにかかわらず武力攻撃事態等、すなわち、我が国に対する武力攻撃が予測される事態、又は、我が国に対する武力攻撃が切迫している事態に該当しないということは、「まずないのではないかと考えられる」との見解を示している。つまり、これらの事態は「併存」し得るということである
 
(8) 政府の示す具体例
 以上の一般論を踏まえ、今回の総理答弁は、「踏み込んだ」と言われているが、政府も法案審議の際、次の3つの具体例を示している。少し長くなるが、以下引用する。
① ホルムズ海峡は、我が国が輸入する原油の約八割、天然ガスの約三割が通過する、エネルギー安全保障の観点から極めて重要な輸送経路であり、仮に、 ここに機雷が敷設された場合には、我が国に深刻なエネルギー危機が発生するおそれがあり、エネルギー源の供給が滞ることによって、単なる経済的影響にとどまらず、生活物資の不足や電力不足によるライフラインの途絶が起こるなど、国民に我が国が武力攻繋を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況、すなわち存立危機事態に該当する場合もあり得ると考えられる。
 ただし、自衛隊が実際に「武力の行使としての機雷掃海」の実施を想定しているのは、機雷が敷設された後、事実上の停戦状態となり、戦闘行為はもはや行われていないが、正式停戦が行われず、遺棄機雷とは認められないようなケースである。
② 我が国近隣において、米国に対する武力攻撃が発生した。その時点では、まだ我が国に対する武力攻撃が発生したとは認定されないものの、攻撃国は、我が国をも射程に捉える相当数の弾道ミサイルを保有しており、その言動などから、我が国に対する武力攻撃の発生が差し迫っている状況にある。
 他国の弾道ミサイル攻繋から、我が国を守り、 これに反撃する能力を持つ同盟国である米国の艦艇への武力攻撃を未然にとめずに、我が国に対する武力攻撃の発生を待って対処するのでは、弾道ミサイルによる第一撃によって取り返しのつかない甚大な被害をこうむることになる明らかな危険がある。このような状況は、存立危機事態に当たり得るものである。
③ 我が国近隣で武力攻撃が発生し、米国船舶が公海上で武力攻撃を受けている。攻撃国の言動から我が国にも武力攻撃が行われかねない。このような状況においては、取り残されている多数の在留法人を我が国に輸送することが急務になる。
 そのような中、在留邦人を乗せた米国船舶が武力攻撃を受ける明白な危険がある場合は、状況を総合的に判断して、存立危機事態に当たり得る。
 
(9) 今回の総理答弁の位置づけ
 高市総理は、今回の存立危機事態に関する答弁について、後日の国会審議で、野党の求める答弁の撤回には応じなかったが、「従来の政府の立場を超えて答弁したように受け止められたことを反省点として捉える」と述べたx。具体例の答弁を避ける対応に関して、立憲民主党の野田代表は、「具体例を言わなくなった。事実上の撤回だと受け止めた」との認識を示しているxi。また、公明党の斉藤代表は、自身が出した質問主意書に対する政府答弁書xiiを受け、「存立危機事態の政府の見解が変わっていないことを確かめられた」と評価したxiii
 しかし実際は、斉藤代表への答弁書により、総理答弁は、撤回どころか確固たる政府見解となったと見るべきである。なぜなら、上記答弁書は閣議決定されており、総理の国会答弁よりも重い位置づけを持っている。その中で、総理答弁及びその内容を内閣として確認し、当該答弁を維持していることを前提とした上で、従来の政府見解は「完全に維持」しており、「従来の政府の見解を変更しているものではない」と述べているのである。つまり、総理答弁は上記5(6)に記した存立危機事態への該当性の判断を逸脱していないことを、総理のみならず、内閣として認めたことを意味しているのである。この結果、総理答弁は、事実上、存立危機事態に該当する4番目の、そして最も重要な具体例となったと言える。
 
7 日本の台湾に対する立場
(1) 立場は明確
  台湾に対する日本の立場は曖昧だという声を聞くが、実際は明確である。まず、「日本は戦後、台湾を放棄したが、台湾が中国に統一されたとは認めていない」、そして、「台湾の平和的な統一は受入れるが、武力統一までは受け入れない」。日本の立場のポイントはこの2点に尽きる。具体的には以下のとおりである。
 
(2) 前提としての日米安全保障条約
 この問題を理解するためには、日中共同声明や日中平和友好条約の前に、日米安全保障条約について理解することが必要である。同条約に基づく日米同盟は、我が国の外交防衛の基軸であり、自らの防衛力の強化を進めているとは言え、日米同盟に取って代わる有効な選択肢は見当たらないのが現実だ。
 日米安全保障条約は日本国憲法の制約により、日本と米国の義務の内容が「非対象」な特異で世界に類例のない条約である。第5条で米国の対日防衛義務を定め、第6条で日本による米国への施設及び区域(いわゆる基地)提供義務を定めている。第6条は次のように規定している。
 「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。」
 ここでの重要なポイントは、米国は日本防衛のためだけではなく、「極東」の平和及び安全に寄与するため、施設及び区域、すなわち、在日米軍基地を使用できることだ。では、「極東」とは地理的にどの範囲を指すのだろうか。確立した政府見解は次の通りだ。
 「大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び台湾地域もこれに含まれている。」
 この見解は、当然、日米間のコンセンサスでもある。その意味するところは、米軍は、台湾の平和と安全のため、つまり台湾の現状を維持するために、在日米軍基地を使って戦闘作戦行動を行うことが許される、ということである。米軍が台湾防衛のために戦うとすれば、相手は、台湾の武力併合を図ろうと企図する中国をおいて他にはない。つまり、日本は、台湾をめぐって米中が戦う際には、日本の基地の使用を認める義務を米国に対して負っているのである。
 
(3) 事前協議との関係
 もちろん、日本のあずかり知らないところで在日米軍基地を使った戦争を始められては困るので、在日米軍基地から戦闘作戦行動を行う場合は、いわゆる「岸・ハーター交換公文」(1960年1月19日)により、事前協議の対象とした。米国から日本に対し、事前に協議がなされ、その場で、“No”と言える余地を残したのである。その上で、「岸・アイゼンハワー共同コミュニケ」(交換公文と同日に発出)により、事前協議の対象となる事項について、「米国は日本の意思に反して行動する意図はない」と保証してもらったのである。先人の労苦の賜物ではあるが、これは条約の運用上の話であり、条約上の義務を解除するものではない。
 日本が負っている義務は、米国人が血を流して日本を守る義務に相対する義務であり、軽々に拒否することはできる性質のものではない。実際、「佐藤・ニクソン共同声明」(1969年11月21日)において、佐藤総理は、事実上、“No”と言う可能性はないことを政治的に保証したのである。この声明は米中国交正常化前にものではあるが、日本は事前協議によって米軍の運用の効果的遂行を妨げることはないという基本スタンスは変わるものではない。
 具体的には、1969年11月21日の「佐藤栄作総理大臣とリチャード・M・ニクソン大統領との間の共同声明」において、次のように明記されている。
・総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素であると述べた。
・総理大臣は、日本の安全は極東における国際の平和と安全なくしては十分に維持することができないものであり、したがつて極東の諸国の安全は日本の重大な関心事であるとの日本政府の認識を明らかにした。
・総理大臣は、日本政府のかかる認識に照らせば、前記のような態様(筆者注:事前協議制は沖縄の基地にも適用されること、すなわち本土並み)による沖繩の施政権返還は、日本を含む極東の諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではないとの見解を表明した。
 
(4) 第6条の意味すること
 中国は、台湾の併合のために「武力行使は放棄しない」と繰り返しているが、その言葉通り、中国が台湾を武力で併合しようとした場合、上記に述べたように、米国が日本の基地を使って中国の武力侵攻を阻止することを認める義務を日本は負っている。
 この場合、台湾問題が「中国の内政問題」であるとすれば、日本は、「内政干渉」のための米国の違法な武力行使に加担することになる。しかし、そのようなことは日本としては許容できるものではない。日米安全保障条約を前提とする以上、日本は、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部になっている」と認める選択肢はないのである。認めていないからこそ、日米安全保障条約上の義務を履行することができるのである。
 
(5) 日中共同声明(1972年)
 日本が中国(中華人民共和国)と国交を回復した時も、そして現在も、客観的事実として、中国は台湾を支配していないが、その実態とは別に、日中間で台湾との関係を整理した政治文書が日中共同声明(1972年)である。
 共同声明では、第2項で、日本政府は「中華人民共和国が中国の唯一の合法政府」であることを「承認」した。この結果、日本は台湾と断交し、中国と国交を結んだので、この限りにおいて「中国の合法政府は1つ」である。しかし、中国が主張する「1つの中国原則」はこれにとどまるものではない。
 共同声明第3項が台湾の位置づけについて整理した部分であり、次のとおりである。
 「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する。」
 日本が中国の主張を受け入れていないことは明確である。また、日本は、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」ことを理解し尊重するわけではなく、そう主張する中国の「立場」を理解し尊重するだけなのである。法的には意味はない。なお、この点を捉えて、日本の立場は曖昧だという評価を耳にすることがある。少々余談めくが、「あなたのおっしゃることはわかります」、「御社のお立場は十分にわかります」などと言いつつ、相手のオファーを断るのは、相手を立てつつ、断る時の常套句ではないだろうか。これが曖昧というのは、いささかナイーブな気がする。
 重要なのは、後段である。ポツダム宣言第8項で、日本は1943年の「カイロ宣言」の履行を約束している。米・英・中華民国の首脳が発出したカイロ宣言は、「台湾、澎湖諸島を中国に返還すること」が対日戦争の目的の一つだとしていることから、「ポツダム宣言第8項に基づく立場」とは、台湾の中国への返還を日本は認めるということである。
 ポツダム宣言は、我が国に対する占領管理の原則を示したものであるため、同宣言自体の効力は、サンフランシスコ平和条約の発効と同時に失われているxiv。しかし、ひとたび受諾した内容であり、我が国として、日中共同声明において新たな譲歩をしたものではないと言えよう。
 ここで重要なのは、「返還を認める」ということは、すでに「返還された」ということを意味しているわけではないということだ。
 すでに「返還された」のであれば、日米安全保障条約の適用範囲を変更しなければならない。しかし、日本政府は、日米安保条約を堅持しているのだ。
 それだけではない。日本政府は、台湾との関係について、「非政府間の実務関係として維持」しているがxv、これ自体が中国の主張を認めていない証左である。「返還された」のであれば、中華人民共和国の一地方としての公式な関係に切り替えることになろう。
 関連条項は次のとおりである。なお。カイロ宣言の「中華民国」という標記は、日中共同声明においては、「中華人民共和国」と読み替えて理解すべきものである。
・ポツダム宣言第8項:「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルベク」
・カイロ宣言(抜粋):「右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国カ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト並ニ満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ」
 
(6) 大平外相答弁の意味
 以上のような整理に対して、一見矛盾するように思われるのが、日中交渉を担った大平正芳外務大臣(当時)が、国会で、中台間の対立の問題は「基本的には中国の国内問題であると考える」と答弁したことであるxvi。具体的には、次のように答弁をしている。
 「中華人民共和国政府と台湾との間の対立の問題は、基本的には中国の国内問題であると考えます。わが国としてはこの問題が当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつこの問題が武力紛争に発展する可能性はないと考えております。」
 この答弁について、日中交渉に携わった外務省の栗山尚一条約課長(当時。後に外務次官。)は、「平和的に話合いが続いている限りにおいては、これは中国の国内問題であるが、中国が武力によって台湾を統一する、いわゆる武力解放という手段に訴えるようになった場合には、これは国内問題というわけにはいかないということが、この「基本的には」という言葉の意味である。」と解説しているxvii
 これは当然のことと言える。台湾の人々の真に自由な意思により、平和的に中国に統一されるのであれば、それを武力で阻止するということは想定し得ない。もしも、そのようなことをすれば、台湾の人々に銃を向けることになりかねない。したがって、日米安全保障条約第6条の問題が生じることはないのである。
 ちなみに、日米安保条約第6条の「極東」の範囲には、韓国も含まれており、少々次元は異なるが、将来、韓国の人々の自由な意思で北朝鮮と統一されるのであれば、台湾の場合と同様、同条が発動されることはないだろう。その意味で、大平外相答弁は当然のことを述べたものとも言えるであろう。
 以上に述べたとおり、我が国の台湾に関する立場は明確なのである。
 
8 “one-China principle”と“one China policy“
 中国は、自国の考えを英語で、“one-China principle”と表現しているが、その中核的な意味は次3点を含むものとされている。すなわち、①世界に中国は一つ、②台湾地域は中国領土の不可分の一部、③中華人民共和国政府が中国全土を代表する唯一の合法政府、というものだxviii。日本政府とは、また、米国政府とも、少なくとも②の点が決定的に異なっている。
 米国政府は、自国の政策を公式に、“one China policy“と呼んで、中国の主張する”one-China principle“と区別しているxix。中国の「1つの中国原則」なのか、米国の「1つの中国政策」なのか、用語の違いを注意深く見る必要がある。
 なお、日本の国会議員が、「日本は1つの中国を認めている」と述べたことがあるがxx、微妙な言葉の相違が現れておらず誤解を招きかねない。
 日本政府は、公式文書や見解で、「1つの中国」という言葉は注意深く避けている。令和6(2024)年7月26日の日中外相会談について、中国外務省は、上川外務大臣(当時)が、「日本側の『一つの中国』を堅持する立場は何も変わっていない」と述べたと発表したが、これに対して、同大臣は、「中国側の発表は、日本側の発言を必ずしも正確に示すものではなく、中国側に対しては、日本側の立場を申し入れた」と述べている 。
 
9 元法制局長官の発言
 最後に、元内閣法制局長官(以下「論者」という。)が、令和7年(2025)年12月4日の朝日新聞紙上において、「安保法制が合憲だと仮定しても、法的に見れば台湾有事に集団的自衛権すなわち存立危機事態が成立する余地はそもそもない」と主張しており、これは本項の内容と背馳するものであるため、主張内容を検討してみたい。
 総理答弁を批判する者は多いが、正面から法的に存立危機事態が成立しないと主張しているのは、筆者の知る限り、論者だけである。なお、もともと論者は、平和安全法制に基づく集団的自衛権の行使そのものを憲法違反と主張していたが、今回は、法制そのものは合憲とした上での主張である。
 以下に論者の主張と筆者の見解を記すが、結論を先に述べれば、論者の主張はいずれも妥当性を欠くものである。
(1)主張のポイント
筆者が理解するところ、論者の主張のポイントは次のとおりである。
① 日本が台湾に対して集団的自衛権を行使する場合
(ⅰ) 集団的自衛権の行使は国連加盟国に対する武力攻撃の発生が前提条件。国連未加盟の台湾は前提条件を欠く。
(ⅱ) 台湾が実質的な独立国だとする主張は、中国が認めるはずがなく、国連加盟国の多くも反対するだろう。 現実的な議論ではない。
② 米国が台湾に対し集団的自衛権を行使し、中国から攻撃を受けた米国に対して日本が集団的自衛権行使する場合
(ⅰ) 上記①(ⅰ)、(ⅱ)から、米国の台湾に対する集団的自衛権の行使(対中攻撃)に正当性を見いだすことは困難。ゆえに、中国の米国に対する反撃を、「違法=不正」ということは困難。
(ⅱ) 米国は、台湾侵攻の兆候があれば、中国との武力衝突に至る可能性を承知の上で中国の「庭先」に戦力を展開する。ゆえに米国が受ける攻撃に「急迫性」を認めるのは困難。
以上の点から、中国の攻撃は、米国に対する「急迫かつ不正な」武力攻撃とは言えない。したがって、日本が米国に対し集団的自衛権を行使することは国際法上の根拠を欠き違法。
 
(2)主張①(ⅰ)について
① 集団的自衛権は国連憲章第51条によって創設された新たな概念とされることもあるが、学説上、第51条は何ら新奇な概念を国際法に輸入したものではなく、現存する権利を宣言したもの」との主張も有力であるxxi
 国連憲章第51条の文言上、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」としていることも根拠とされるが、他方、同条は、「この憲章のいかなる規定も(中略)個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」としており、憲章以前に存在する国家の権利でさるという主張を否定するものではない。
② 実際、国連非加盟国に対する集団的自衛権行使の国家実行の例として、次のものがあり、いずれも、集団的自衛権の行使として国連安保理に報告されている。
・  英国の 「南アラビア連邦」 支援(1964年)
・  米国、オーストラリア、ニュージーランドによる 「南ヴェトナム」 支援(1965年)
③ また、韓国は1991年まで国連に加盟していなかったが、集団的自衛権をベースとする米韓相互防衛条約は1953年に締結され、1954年に発効している。論者の説によれば、同条約も法的に成立しないことになる。
④ 我が国も、武力攻撃事態対処法で、存立危機事態の定義として、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」と規定し、国連加盟の有無は要件としていない。
 
(3)主張①(ⅱ)について
 論者は、「法的に見れば」、「存立危機事態が成立する余地はそもそもない」としているが、この部分の主張は、そもそも、法的な議論ではない。「中国が認めない」ことを理由とするのも率直に言って驚きを禁じ得ない。また、上記5(6)の①から③までで述べたように、台湾が国際法上の「国家」に該当することを理論上排除することはできないであろう。
 
(4) 主張②について
① 主張②(ⅰ)については、上記(2)で述べたとおり、論者の主張の前提は妥当性を欠いている。
② 主張②(ⅱ)については、武力攻撃の発生を抑止するために、公海、公海上空に部隊を展開させ、プレゼンスを強化して抑止力を向上させる 「柔軟に選択される抑止措置」(FDO、日米ガイドラインにも明記)を否定するものである。ひいては、武力攻撃の発生に備えることすら否定しかねない主張であり、妥当性を欠くものである。
③ さらに言えば、論者の主張は、いずれも米国の武力行使が、集団的自衛権であることを所与の前提としているが、台湾関係法等に鑑みると、米国の個別的自衛権の行使となる可能性があり、その点は議論として欠落している。
 
10 結びにかえて
 高市総理答弁とそれに関連する事項について述べてきたが、当該答弁は、内閣官房が用意した答弁用資料に記載はなく、周囲との打ち合わせも行っていないことから、高市総理ご自身が、独自のご判断で行われたのであろう。その手法やプロセスについては議論があろうが、答弁すべき内容を決めるのは事務当局ではない。総理ご自身である。そして結果において、中国に対する強いメッセージになった。タイミングとしても、新政権がスタートした直後の段階で、政権の基本姿勢を示したこと適切であったと考える。
 総理答弁に対する中国の対応については、多種多様な解説が行われているが、これまで述べたように、少なくとも、日本が集団的自衛権を行使すれば、中国による台湾侵攻は失敗する公算が高く、強行すれば共産党の支配が揺らぐおそれさえ排除されない。台湾併合が「中華民族の偉大な復興の必然的要請」と公言する中国にとっては、受け入れ難いものであることは間違いない。そのため、我が国に対して様々な手段で圧力をかけてくることは不可避であろう。
 自国が偉大に復興するという夢を見ることは、それぞれの国の自由である。しかし、それが「力による一方的な現状変更」を伴うものであり、我が国の平和と安全に甚大な影響を与える可能性がある以上、看過することはできない。
 中国は首脳会談を拒否するであろう。第2次安倍政権においても、尖閣諸島をめぐって日中首脳会談の開催は難航した。野党は首脳会談が開催されないことを強く批判し、中国は、水面下で首脳会談を開催したければ譲歩をせよと迫ってきた。しかし、安倍総理は、懸案があるからこそ首脳会談を行うのであり、首脳会談開催のために中国に譲歩することはない、と国会等で繰り返し明言した。会談はなくとも、このような発言自体が中国に対する戦略的コミュニケーションであった。結局、2012年12月26日の政権発足から、2014年11月10日の北京APECまで、1年10か月15日(684日)の間、習近平主席との首脳会談が開催されなかったが、この間、一切譲歩を行うことはなかった。失うものはなかったのだ。それは、その後の安倍政権の歩みを見れば明らかであろう。
 経済的威圧も激しさを増してこようが、これは日本の経済構造を立て直し、自律性を高めるための「外圧」である。今の段階で、著しい対中依存が顕在化したことは、この事実を国民が認識し、痛みを伴っても改善する好機と捉えるべきであろう。
 我が国は経済安全保障を重視していたはずであり、特にレアアースについては2010年の尖閣諸島における中国漁船衝突事案を契機に、政府は中国への依存度を下げるために海外との連携などの対策を取ってきたとしている。しかし、レアアースに詳しい東京大学の岡部徹教授は政府の取組みについて、「対策を取っていても実効性がなく、全然ダメだ。」と厳しく批判しているxxii
 現状を放置したままでは、本当の危機が招来した際に、日本は目先の経済的な損失を恐れて、存立危機事態の認定もできず、より大きな国家的損失を招くおそれが否定できない。危機の際に、適時に、適切な意思決定ができる前提条件を整えておくことが、危機を防ぐ抑止力となる。中国の圧力は、抑止力を強化し、国家の強靱性を増すための試練である。もはや平時ではないと認識すべきである。
 
 
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 i 令和7年12月2日付け「参議院議員辻元清美君提出高市内閣総理大臣の「台湾有事」答弁における「戦艦」の意義等に関する質問に対する答弁書」

 ii 一般社団法人日本船主協会発行「SHIPPING NOW 2025-2026」28頁

iii  同上32頁

 iv 同上49頁

 v 2025年2月13日に開催されたNATO国防相会合後の記者会見など。

 vi 英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)電子版は2025年7月12日、米国防総省ナンバー3のコルビー政策担当次官が、日本とオーストラリアの国防当局者に対し、台湾有事で米中が軍事衝突した際の役割を明確化するよう伝え、「関与」を求めたと報じた。複数の関係筋の話としている。

vii  CSIS “The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan

(https://www.csis.org/analysis/first-battle-next-war-wargaming-chinese-invasion-taiwan)

viii  例えば、

1)Richard Haass and David Sacks, “American Support for Taiwan Must Be Unambiguous,”    Foreign Affairs, September/October 2020,

   https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/american-support-taiwan-must-be-unambiguous.、

2)Joseph Bosco, “Time to End Strategic Ambiguity over Taiwan,” The Diplomat, April 13, 2017,

   https://thediplomat.com/2017/04/time-to-end-strategic-ambiguity-over-taiwan/.

3)Eric Liu and Brandon Tran, “Time for a 21st-Century Upgrade to U.S.-Taiwan Policy,”   The Diplomat, June 2025,

   https://thediplomat.com/2025/06/time-for-a-21st-century-upgrade-to-us-taiwan-policy/.

ix  Shinzo Abe, “U.S. Strategic Ambiguity Over Taiwan Must End,” Project Syndicate, April 12, 2022,

   https://www.project-syndicate.org/commentary/us-taiwan-strategic-ambiguity-must-end-by-abe-shinzo-2022-04.

x  令和7年12月16日参議院予算委員会

xi  令和7年11月27日の新聞各紙等の報道による。

xii  令和7年11月25日付け「衆議院議員斉藤鉄夫君提出存立危機事態に関する質問に対する答弁書」

xiii  令和7年11月25日の新聞各紙等の報道による。

xiv  平成27年6月5日付け「参議院議員和田政宗君提出ポツダム宣言とサンフランシスコ平和条約についての政府の認識に関する質問に対する答弁書」

xv  外務省HP「よくある質問集」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/comment/faq/area/asia.html#10)

xvi  昭和47(1973)年11月8日衆議院予算委員会

xvii  栗山尚一 「日中国交正常化」(早稻田法學74巻4号(1999年)50頁。

xviii  中国外務省の2025年9月30日付けのポジション・ペーパー参照。https://www.fmprc.gov.cn/eng/zy/wjzc/202509/t20250930_11721842.html?utm_source=chatgpt.com

xix  例えば、米国務省の台湾関係ファクトシートU.S. Relations With Taiwan(https://2021-2025.state.gov/u-s-relations-with-taiwan/?safe=1)、米議会調査局(CRS)の議会向け整理資料The U.S. “One-China” Policy and Taiwan(https://www.congress.gov/crs-product/IF12503?utm_source=chatgpt.com)など。

xx  例えば、国民民主党の玉木雄一郎代表は、2025年11月18日の記者会見で、「日本も、1つの中国ということを認めている立場であります」と発言している。(https://www.youtube.com/watch?v=5fvCHZ4ZI1w)

xxi  森肇志東京大学教授「集団的自衛権の法的構造─ニカラグア事件判決の再検討を中心に─」国際法外交雑誌 第115巻第4号、2017年、381–405頁参照。

xxii  2026年1月10日の日本経済新聞電子版でのインタビュー記事による。