今年1月末、中国人民解放軍の制服組トップである中央軍事委員会副主席の張又侠と統合参謀部参謀長の劉振立が「重大な規律・法律違反」の疑いで、事実上の失脚に追い込まれた。このうち張又侠は人民解放軍の中で習近平に次ぐナンバー2の立場にあり、国際社会にも大きな波紋を広げている。
張又侠の父親は人民解放軍副総参謀長を務めた張宗遜で、習近平の父親である元副首相の習仲勲と親しかったとされる。張又侠も習近平と若い頃から親交があり、言わば「紅二代」の深い絆で結ばれ、「習近平が最も信頼する盟友」と目されてきた。
このところ習近平政権は反腐敗運動の一環として、軍需装備部門やロケット軍(戦略ミサイル部隊)中枢の高官を相次いで更迭・摘発している。公式発表では、いずれも「重大な規律・法律違反」とされ、具体的な容疑は明らかにされていないが、汚職関与の可能性が高い。ただ、張又侠の場合は単なる反腐敗運動の延長線上では説明し切れない部分もある。
海外の中国ウォッチャーの間では、別の観測も囁かれている。それが「台湾侵攻反対説」である。即ち張又侠が、武力による台湾統一に反対し、これが習近平の逆鱗に触れたのではないかという見方である。張又侠は1979年2月の中越戦争に従軍した実戦経験を持つ数少ない上級将官の1人である。戦争の現実と代償を体験的に知る立場から、台湾侵攻による政治的、経済的、軍事的打撃の大きさについて、率直に進言した可能性は否定できない。
台湾問題は習近平政権にとって「核心的利益の中の核心」であり、「祖国の完全な統一を実現することは、全ての中華の子女たちの共通の願いであり、中華民族の偉大な復興のための必然的な要求であり、中国共産党の揺るぎない歴史的任務」(『台湾白書』)とされている。これは単なる外交課題ではない。中国共産党の正統性と直結する政治目標でもある。
人民解放軍は台湾周辺での大規模演習や越境飛行を常態化させ、実戦能力の向上を急いでいるが、その一方で、実際に武力侵攻に踏み切った場合のリスクは極めて大きい。ロシアがウクライナ侵攻で受けたのと同じように国際社会から厳しい経済制裁を受けるだろう。さらに、中台間の紛争に止まらず、台湾関係法を有するアメリカとの直接衝突、さらには第三次世界大戦へと発展する危険性もある。それらを総合的に考えれば、人民解放軍内に慎重論が存在していたとしても不思議ではない。
勿論、張又侠の失脚の真相が「台湾侵攻反対説」にあるかどうかは定かではなく、確たる証拠もない。中国の権力構造は依然として不透明であり、憶測による断定は慎むべきである。
ただし、仮に台湾侵攻に対する温度差が一因であったとすれば、今回の一件は人民解放軍に対する明確な政治的メッセージと受け止められよう。即ち、「最終判断は自らにあり、異論は許されない」という統制強化のシグナルである。習近平体制下で進むのは、さらなる権力集中と忠誠徹底である。今後の人事の動向は、台湾海峡の平和と安定を占う重要な指標となるだろう。