派閥は民主的運営の証でもある

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政策提言委員・元参議院議員 筆坂秀世

 自民党の武田良太元総務相が今月2日、自身が会長を務める政策グループの初会合を開いたことが話題になっている。初会合には、同氏が事務総長を務めていた旧二階派を中心に20人以上が集まったという。
 自民党の派閥は政治資金の還流とその未記載問題が裏金づくりとして世間の批判を浴び麻生派を除いてすべ解散していた。首相だった岸田文雄氏の岸田派や二階派もそうだった。武田氏はこの問題をも念頭に置いて、政治資金規正法上の団体としては届け出しない意向だという。賢明だ。
 確かに「派閥」という言葉のイメージはあまり良くない。『広辞苑』によると「ある集団の内部で、出身や政党政派や特殊な利益などを中心にして結びついた仲間」とある。この説明でも利権集団のようで良い印象は持てない。広辞苑の実に浅薄な説明である。
 実はちょうど2年前、令和6年4月号の「市谷レポート」(VOL.246)に「派閥は本当に悪いのか」という一文を書いた。ここでも書いたが自民党のような数百人規模の議員集団が、共産党のように“一枚岩”で誰もが同じ意見の持ち主というなら、その方が余程不気味である。例え同じ政党の党員だと言っても、森羅万象についてすべて同じ意見などということはあり得ない。だから私は、派閥や特定の仲間が発生することは必然的であり、その組織の健全叡智を示すものでもあると考える。
 ところが、この無理を党員に要求するのが日本共産党という政党なのだ。最近も神奈川県の大山奈々子県議が共産党を離党し、次期選挙には無所属で立候補することを記者会見で表明した。そのきっかけになったのは、元共産党の中央委員会勤務員だった松竹伸幸氏に対する除名処分であった。党首公選制を主張した松竹氏を「党内に派閥や分派をつくらない」という民主集中制の組織原則と相いれないとしたのだ。これには党内でも「やりすぎだ」などという批判の声も少なからずあったようだ。
 この処分に対して松竹氏が「再審査請求」を行ったため、この処分が党大会の議題になったが、除名処分は強行された。党大会でこの処分に異論を唱えたのが大山奈々子県議だった。大山氏が主張したことの1つは、松竹氏の除名に対して、「何人もの方から、『やっぱり共産党は怖いわね』『除名なんかやっちゃだめだよ』と言われ」たこと。2つは、「将来共産党が政権を取ったら党内に限らず、国民をこんなふうに統制すると思えてしまう」という声の紹介だった。「党内論理が社会通念と乖離している場合に、寄せられる批判を『攻撃』と呼ぶのではなく、謙虚に見直すことが必要ではないでしょうか」。「犯罪」ではないのに除名処分は重過ぎるというものだった。
 今、共産党は党員も機関紙「赤旗」も減り続けている。党内民主主義がないところに人が集まるわけがないのだ。「派閥」、大いに結構である。ただ武田氏が政治資金とグループの活動の切り離しを企図しているように、派閥の利権化だけは絶対に避けねばならない。