フィリピンの新大統領・ドゥテルテ氏が10月、北京訪問中に行った経済フォーラムで「米国と決別する」と宣言したのには、世界中の外交筋が仰天した。米国側は露骨に不快感を露わにし、国務省のカービー報道官は「正確に何を言おうとしているのかフィリピン政府に説明を求めるつもりだ」と述べた。
このあと、習近平主席とドゥテルテ大統領の首脳会談の共同声明には「南シナ海仲裁判決」は一言も載っておらず、南シナ海問題については「直接関係する国家が友好的な協議を通じ、平和的な方法で領土や管轄権の争議を解決する」ことで合意したとある。当事国がこういう合意をしたからといって、国際的権限をもった仲裁判決が「紙屑」になるわけがない。
合意文書やその後の中国の態度から見てわかることは、「文句を言わない限りスカボロー礁の漁場には入らない。その他2兆4000億円の投資をする」との取引だ。米国を貶せば、貶しただけ援助額が増えたであろうことは想像に難くない。
ドゥテルテ大統領は26日訪日し3日間滞在した。安倍首相との会談でも、大統領は米国を悪しざまに貶した上で「日本大好き」を連発したという。大統領の米国嫌いは「麻薬取り締まりで、容疑者まで殺すのは許されない」と“正論”を吐くからだ。ドゥテルテ氏の麻薬退治は徹底したもので、容疑者や逃亡した者も射殺して良しという乱暴なもの。麻薬の害に比べると「その方がまし」と判断しているようだ。このため国内では実に81%の支持率を誇っている。
その“純粋国内派”がいきなり国際舞台に現れて、米、日、中の絡む国際問題に頭を突っ込んだからたまらない。中国の要求に応じるように「米国と決別してもいい」と啖呵を切った一方で、日本の悪口には一切応じなかったという。ドゥテルテ氏は日本旅行の経験もあり、ダバオ市長時代には立派な地域社会を作ってくれた日本人移民の記念碑建立に貢献したという。
20年もダバオ市長をやり、大統領選も一発でクリアした人物だから、口先だけの暗愚ではない。一言で人を惹きつけたり、打ちのめす力量はあるだろう。奇妙なのは訪日の帰りの機中で記者会見し「今、神のお告げがあった。これからは沈黙する」と述べたことだ。
安倍氏はドゥテルテ氏を殊の外厚くもてなして、全体会議のあと、大統領、外相、通訳の3対3の会議を設けた。予定は30分だったが、会談は1時間半に及んだという。ドゥテルテ氏の国際情勢音痴を知った安倍氏は国際情勢、アジア情勢、中国問題についての知識を洗いざらい説明し、フィリピンの持つ責任についても語ったに違いない。
安倍外交の神髄は日、米、印、豪の4ヵ国で中国を包囲し、ASEAN諸国を連携させて中国の膨張を防ぐ考え方だ。フィリピンには近隣大国としての意識を埋め込んだのではないか。
(平成28年11月2日付静岡新聞「論壇」より転載)