政治家の健康問題―堂々と安心して休める環境を―

.

理事・拓殖大学政経学部教授 丹羽文生

 政治家という存在は「特別な人間」と見做されがちである。確かに彼らは公人であり、国や社会の進むべき方向性を示し、時に重大な決断を担うこともある。しかし、所詮は彼らも「生身の人間」である。体調が優れない日もあれば、怪我や病気で通院、入院を余儀なくされる場合もある。慢性的な疾患を抱えながら公務に当たる政治家も決して珍しい存在ではない。
 それでも、政治家にとって健康管理が極めて重要であることに異論はないだろう。健康を損なえば、公務の遂行に支障を来すからである。首相を始め、国の中枢を担うポストに就いている政治家の場合、その健康状態は政権運営や世の中の安定性にも直結する。実際、過去には首相の健康不安が政治日程や政策遂行のペースを乱したことが幾度もあった。
 1980年6月、戦後初めて実施された衆参同日選の最中、当時の大平正芳首相は遊説先で体調不良を訴え、虎の門病院へ搬送された。当初は入院中の浴衣姿の写真が公表され、回復への期待も寄せられたが、投票日を目前に帰らぬ人となった。現職首相の死去は戦後初の出来事であり大きな衝撃を与えた。
 2000年4月には、小渕恵三首相が脳梗塞により緊急入院した。意識不明の状態となる中、首相臨時代理に指名された青木幹雄官房長官の下で臨時閣議が開かれ、内閣総辞職となった。小渕首相は、その後も意識を回復することなく、倒れてから約1ヵ月半後に帰らぬ人となった。
 さらに、安倍晋三元首相は第1次政権、第2次政権のいずれにおいても、持病であった潰瘍性大腸炎の悪化を理由に退陣している。その実父である安倍晋太郎元外務大臣は、膵臓癌に冒され逝去した。ポスト竹下(登)の最有力として期待が大きかっただけに、当時、永田町に衝撃が走った。
 これらの事例が示しているのは、政治家の健康問題が単なる個人的事情ではなく、政治全体に影を落とし得ることである。一方で、政治家は健康状態に関する情報が外に漏れることで、政治的な求心力の低下や政治生命の危機を招きかねないとの心配から、過度に神経質になりがちでもある。しかしながら、病名や症状を細かく公表する必要があるかと言えば、必ずしもそうではない。真に問われるべきなのは、政務にどの程度の弊害が生じるかである。加えて、そのことを国民に対して、どのようにして説明すべきか。スタッフたちが、どう本人を支えていくか。これらが大きなポイントとなる。
 中でも首相の日程は分刻みであり、その激務は「過酷」という言葉だけでは表現し尽くせない。国家運営の責任を一身に背負う重圧は、想像を超えるものがあるだろう。
 政治家は決して超人的な存在ではない。「1人の人間」である。その当然の事実を私たちは自然に受け入れるべきである。高市早苗首相にも関節リウマチの持病があり、片足に人工関節を入れているという。1人で仕事を抱え込み過ぎず、適度に大臣たちに業務を分担し、透明性とプライバシーの均衡を保ちつつ、必要な時には安心して療養できる環境を整えることが、持続可能な政治運営を支える基盤となるのではないか。