このところ、全国でクマの出没が相次いでいる。昨年末、その年の世相を一字で表す「今年の漢字」には「熊」が選ばれた。環境省によると、昨年度のクマの出没情報は前年度(24,348件)の2倍以上となる50,801件に上ったという。人間が襲われる被害は、昨年度が216件で、このうち13人が亡くなった。今年度に入ってからも出没情報は6,333件(5月段階)あり、人身被害は36件で6人が死亡している。
地域社会が抱える不安は、かつてない水準に達している。中でも東北地方では、農作物への被害や住宅地への侵入と、人々の生活様式そのものが脅かされている。こうした現象は単なる偶発的事件ではなく、人間と野生動物との関わり方を根本的に問う課題であると言えよう。
その問いを考える上で想起されるのが、中国で1958年2月に始まった「四害駆除運動」である。毛沢東は「大躍進政策」の一環として、農作物保護を名目に蚊、鼠、蝿、雀を「四害」と定め、これらを人海戦術で撲滅するよう命じる。人々は銃や毒入りの餌を使って殺戮、中でも標的にしたのが雀だった。太鼓や鍋を打ち鳴らして飛び続けさせ、力尽きた雀を大量に捕獲したという。
確かに雀は穀物を食い荒らす。しかし一方で害虫を捕食する小鳥でもある。そのため、雀が激減したことにより逆に害虫が大発生し、農地が荒れ果て、農作物の収穫量が激減、未曽有の大飢饉を引き起こした。生態系を軽視した愚策が、予想外の結果を招いたのである。
もちろん、クマ問題と四害駆除運動を同列に論じることはできない。クマは直接的に人命をも脅かす存在であり、必要な駆除を躊躇うべきではない。しかし、クマという1つの生き物だけを標的にしても、本質的問題は解決しないことは明らかだろう。
少子高齢化や人口減少による山林管理の停滞、里山の荒廃、餌となる木の実の不作、耕作放棄地の増加、さらには気候変動と、様々な要因が指摘されている。こうした構造的変容は一朝一夕に解決できるものではない。
クマの存在は自然環境の健全性にとって欠かせない側面も持つ。例えば、クマは食べた植物の種を糞として出すことで植物の繁殖を助け、同時に中型・小型動物を餌として捕まえる他、地中や樹木内にあるススメバチの巣を掘り起こして幼虫、蛹を食べることで、食物連鎖のバランスを保つ。クマによる捕食は間接的には人間社会にとってプラスになる。クマの数が減少すれば、この自然由来の調整機能が失われてしまう。
結局のところ、クマ問題は人間と野生動物の相互関係を映し出す鏡と言えるだろう。電気柵の適正設置、餌資源の管理、里山の再整備、地域における迅速な情報共有といった人とクマの距離を適度に保つための手段は多岐に亘る。
人間と野生動物いずれもが、安全に、そして安心して生きられる世の中を、いかにして構築すべきか。被害防止のための措置に加え、「敵を減らせば終わり」ではなく、生態系全体を考慮した冷静で包括的な対応が求められよう。その意味で、四害駆除運動の失敗は半世紀以上を経た今でも色褪せていない。