米大統領選トランプ氏勝利の衝撃と期待
―行き過ぎた民主主義の是正必須―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 アメリカのトランプ現象は実現した時には衝撃だったが、落ち着いた今、熟慮してみると真っ当な気がしてきた。現在、世界には様々な貿易機構があり、それぞれグループになって関税同盟を作っている。そのおかげで日本は経済大国になったわけだが、その陰で割りを食っている国があることは確かだ。米国や英国もデビッド・リカートの言う比較優位の原則を説いて世界の国を説得してきたが、その帳尻はどうなっているのか。比較優位の原則というのは、各国が自分の得意な産物を作っていれば、最も高級な品物が最も安い価値で手に入るようになるというものである。世界中の家庭が安くてよい品を手にすれば、世界中の人々が幸せになるはずだが、その過程で猛烈な競争が起こる。資材を持っている国は有利だし、労賃の安い国も有利だ。
 10年ほど前、米国の普通の一家が使用している物品のうち中国製を一つずつ取り出すテレビ映画があったが、居間や台所からあらゆるものが取り外されて庭に積まれた。要するに家庭用品で米国製というものが皆無なのである。精密な電気製品まで今では中国製か韓国製だ。この姿はグローバル化の究極の姿であって、回復には何とかこれを後ろに戻す対策が必要だろう。
 これに先立って7月、英国はEU離脱を決定した。私はEUが“完成”するまでの7年間欧州に駐在し、EUの成り立ちや成長の様を眺めてきたから、この“破滅的”な国民投票の結果に心底、驚いた。EUは文句を言いつつ、和気藹々といった社会だったが、「オレはやめた」という国が出るとは思わなかった。
 新首相になったテリーザ・メイ首相は就任スピーチを官邸前で15分間行ったが、内容を英紙フィナンシャル・タイムズ(2016年7月29日付邦訳日経新聞)が簡潔にして要を得ていると次のようにまとめている。
 「メイ氏は行き過ぎた資本主義を見直すと同時に、格差を解消し、既得権益と闘うことを約束した。貧困層地域の寿命の短さや学歴の低さ、性別や民族による差別、勤労者層が抱く雇用や所得への不安といった問題を取り上げ『新政権は、一握りの恵まれた人の機会だけを守り続けはしない』と述べた」。
 英・米の政権交代の動機は一言で言えば、移民問題だ。どの国も移民数の許容範囲を超えてしまったのである。余分に入ってきた移民たちが、既存の白人男性の職を次々に奪ってしまい、社会的安定を脅かしたのだろう。
 移民の原動力となったのはアラブの混乱だ。アルジェリアに“アラブの春”を起して、エジプトにも民主主義革命を及ぼした。エジプトはナセル以来、60年間軍事独裁と言われながら安定してきた。そこに“選挙”の名目で過剰なムスリム同胞団の復活をもたらした。シリア、イラク、アフガンにまで民主主義を煽った。キリスト教徒が口を出したからこそISが生まれたと自覚すべきだ。

(平成28年11月16日付静岡新聞『論壇』より転載)