メキシコ国境沿いへの壁の建設、オバマケア(医療保険制度)の撤廃、同盟国に対する駐留経費の負担増等の選挙公約を掲げて第45代米大統領に選出されたドナルド・トランプ(Donald Trump)。孤立主義か、軍備拡張か。アジア太平洋地域の安全保障環境が一層厳しくなる中、米国の安全保障戦略がどのようなものとなるのか、全く不明である。
大統領選挙直後の勝利宣言において、トランプは、「全アメリカ国民の大統領として、アメリカの夢を実現する。」と誓った。そして、その後の連邦議会との会談において、3大優先事項として、①医療、②国境管理、③雇用を掲げた。
選挙公約をどの程度、どこまで実現するのか、そしてどの分野から実施していくのか、或いはそれが選挙戦を戦うための単なる戦術なのか、今後、慎重な見極めが重要なことは論を俟たない。
政治経験、軍事経験がない大実業家であるトランプの安全保障戦略については、今後決められる安全保障スタッフがどのようになるのかが大きな鍵である。元国防情報局(DIA)長のマイケル・フリン(Michael Flynn)退役陸軍中将やジェフ・セッションズ(Jefferson Sessions Ⅲ)上院議員の起用が取りざたされている。これを踏まえると、不法移民やテロに対する厳しい対応が採られそうである。そして、米国を守るために、大幅な軍拡に踏み切る可能性とともに、その経費捻出のために同盟国に一層の役割負担が考えられる。更にもう一人、中国の南シナ海における行動に対する強硬な対応の必要性と同盟国日本の重要性を認識しているランディ・フォーブス(Randy Forbes)下院軍事委員長の海軍長官への起用も調整されている。実現されれば、日米の安全保障問題にとって大きな推進力となるであろう。
これらは、日本にとって、アジア太平洋地域諸国にとって、そして世界の国々にとっても極めて大きな問題であるとともに、大きな変化が伴うことはほぼ間違いない。そして、少なくとも日本にとって、より責任ある立場で、より実際的な行動が求められるであろう。それはある意味、独立国家として考えなければならない当たり前のことである。アジア太平洋地域の安全保障環境が一層厳しくなる中、日本の防衛、日米同盟のあり方を今一度見つめ直すよい転機として肯定的に受け止めるべきであろう。
(文中敬称略)
※本論は、全て筆者の個人的見解であり、筆者の所属組織を代表するものではありません。
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下平 拓哉(しもだいら たくや)
防衛大学校(電気工学)卒。筑波大学大学院地域研究科(地域研究学修士)。国士舘大学大学院政治学研究科(政治学博士)、アジア太平洋安全保障センター(APCSS)(エグゼクティブ・コース)。護衛艦「いしかり」艦長、護衛艦隊司令部作戦幕僚、統合幕僚監部防衛交流班長、第1護衛隊群司令部主席幕僚兼作戦主任幕僚、幹部学校第2教官室長、同校防衛戦略教育研究部課程管理室長、海上幕僚監部防衛部・米海軍大学客員教授等を経て、現在に至る。論文に「多国間協力時代の海上自衛隊-非伝統的安全保障分野を中心に」(『海外事情』)、「南シナ海における日本の新たな戦略-ARF災害救援実動演習を通じた信頼醸成アプローチ」(『戦略研究』)、「中国の海洋戦略と海上自衛隊の役割-非伝統的安全保障分野における兆戦」(『危機管理研究』)等多数。2016年10月より防衛省防衛研究所主任研究員。1等海佐。政治学博士。