12月15日の安倍・プーチン日露会談をきっかけに、日本の対ロシア外交は根本的に変わってくるだろう。これまでの70年間は北方領土をめぐるやり取りが中心だったが、安倍氏は主要なテーマを日・露友好関係の構築に切り換えた。その狙いは中・露の軍事的一体化を阻止し、中国の領土拡大路線にストップをかけるというものである。
日本側はこれまで1956年の日ソ共同宣言を根拠に、まず歯舞・色丹の2島の返還を求める姿勢を貫いてきた。これに対してプーチン大統領は「引き渡しとは書いてあるが主権を移すとは書いていない」との言い分に固執した。最近のロシア政府は共同宣言には全く触れず「戦争で取った領土はロシアのものだ」と妥協困難な道につき進んでいる。
安倍首相は4島が“主権問題”であるとの認識は変えていないが、4島のために日本外交が掣肘を受けるのは得策ではないとの考えに至った。実際問題として歯舞(群島)と色丹が返ってきても面積で見れば4島面積の7%。現在、択捉島に1万1000人が住んでいるが、ここを返してもらったロシア人の定住をそのまま認めたとしても、人口の規模からいっても開発の効率は悪い。日本から移住するとしても、希望者は1000人が限度。大規模なインフラ開発は無駄になるだろう。
今回、首脳会談で日・露の「共同経済活動」をすることに合意したが、ここでは2島とも4島とも書いてない。日本側は3000億円の投資をすると言っているが、実際に投資がア行われるとすれば、ウラジオストックかハバロフスクなどの大都市が対象になるだろう。8項目の経済協力事業が挙げられているが、特に興味を引くのは「原発廃炉に向けた先端技術開発」ではないか。
プーチン大統領がこの「日・露友好政策」に乗ってきたのは4000キロにわたって国境を接する中国に対する潜在的脅威があるからだろう。ロシアの人口は1億4000万人。対する中国は10倍の14億人である。何十年も前から「シベリアには年老いたロシア人が500万人、その南に1億人の職の無い中国人がいる」というロシアの恐怖が語られてきた。
もともとロシアはヨーロッパの国であってアジアを操るのは下手の極みだ。10年ほど前、オフォーツク海峡に面する原子力潜水艦の基地、ペトロパブロフスクを訪ねたことがある。米ソ冷戦中は45万人の人口を抱えていたそうだが、当時は15万人。ソ連が潰れて給与の3倍の特別手当がなくなった途端、白人が一斉にヨーロッパに引き揚げたからだという。
ロシア側が日本の共同経済活動を待ち望んでいることは確かだ。プーチン氏は「経済活動が始まれば島の主権の問題はなくなる」と述べているが、日本は「もっと投資が欲しいなら主権を返せ」という形で係争案件は熟していくだろう。安倍首相は領土問題を脇に置いて、スケールの大きな対ロシア外交を展開できる立場を得た。
(平成28年12月21日付静岡新聞『論壇』より転載)