「慰安婦」問題ほど、大きなニュースにはならないだろうが、今年は「朝鮮人坑夫」も話題になるはずだ。
まずは、最近韓国で刊行された児童用の絵本、尹ムニョン作『軍艦島――恥ずかしい世界文化遺産』(ウリ教育、2016年)にある次の記述をご覧頂きたい。
<戦争を引き起こして狂気の沙汰であった日本は、朝鮮半島から幼い少年たちまで強制的に日本に連行したのです。…目的地も告げられずセドリ[少年の名前]が連れて行かれた場所は、まさに地獄の島「軍艦島」でした。幼い少年たちは地下千メートルにまで降りて、日本が戦争の資源として使う石炭を掘らなければならなかったのです。45度を超える蒸し風呂のような暑さの中に閉じ込めて、小さいおにぎりだけを与えて、毎日12時間も働かせました。
幼い少年たちは、まさに死の恐怖の中で日々を耐えなければなりませんでした。すし詰めのような少年たちの宿には、大きなねずみたちが忍び込み、夜通し飛び跳ねる音が絶えませんでした。
重労働の末、雑巾のようにくたくたになった身体に鞭打って、トンネルから出たセドリは、いつものように母親を呼びます。漆黒の海を見ても、お母さんが見え、夜の空を見ても、そこにお母さんが見えます。
『お母さ~ん!』
暗闇に向かって叫んでみても、うなる波が叫び声を消してしまうのです>
「軍艦島」とは、長崎港の南西海上にある端島という小さな島の別名である。端島は明治から昭和にかけて海底炭坑によって栄え、日本で最初に鉄筋コンクリートのアパートが建てられたのはこの島だという。朝鮮人坑夫も早くから働いていて、戦時期には600人以上の朝鮮人労働者がいたが、それはしかし青壮年たちであって、絵本に登場するセドリのような朝鮮人少年がこの島にいたとしたら、それは小学校に通う朝鮮人子弟であった。
ところで、この絵本のあるページには、少年たちが収容される鉄格子の檻の外壁にハングルで「お母さん、会いたいよ」「お腹が空いたよ!ふるさとに帰りたいよ」と書かれている。しかし、この落書き風の文字、よく見ると、以前、豊洲(とよす)炭鉱朝鮮人徴用工の寮の壁にあったという落書きにそっくりではないか。豊洲炭鉱といえば福岡県だから、長崎県端島に瓜二つの落書きがあるのもおかしいし、そもそもこの島に、少年たちを収容する鉄格子の檻など存在しなかった。それにその落書き、ある在日作家が1965年に発見したというが、どうやら発見者自身の造作であったらしい(金光烈『足で見た筑豊 地朝鮮人炭鉱労働の記録』明石書店、2004年)。
こんなでたらめな「悪の国家」を創造して、それを子供たちに読ませる。この尹ムニョンという作家、なんとも罪深い男と言わねばならないが、それにしても、何故炭坑に朝鮮人の少年坑夫が登場するのだろうか。戦時期の日本の炭坑にあどけない朝鮮人少年坑夫など存在しなかったことは関係者なら、誰でも知っている。にもかかわらず、絵本の主人公が少年になったのは、この絵本の出た2016年という時代に関係している。この時代は、朝鮮人慰安婦が「少女像」として脚光を浴びていた時代であり、「朝鮮人少年坑夫」はその、「少年版」なのだろう。
もっと大事なことがある。何故作者は端島なんかを舞台にして、絵本を作ったのだろうか。実は「軍艦島」に韓国人が関心を持ち始めたのも、時代精神の現れである。端島は20世紀初頭に水力発電から電力に切り替えて採炭を行った海底炭坑で、最盛期には5267人が住み、日本で最も人口密度の高い地域とも言われた。しかし、この島は1974年の閉山後、無人島となり、一部の関係者以外からは忘れ去られていたのだが、2015年5月、UNESCOの諮問機関ICOMOS(国際記念物遺跡会議)が端島を含む幕末から明治期の重工業施設を中心とした「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録するよう勧告すると、韓国は官民を挙げてその阻止に動き始める。端島が「軍艦島」という名で有名になり、児童のための絵本まで登場するようになったのはそのような経緯によるものである。
そしてこの端島、2017年には更に有名になることは間違いない。遺産登録に反対する韓国に譲歩して、日本政府が強制労働を認め、その事実を世界に知らせるパンフレットや教育プログラムの運営などを約束したためで、その報告書の提出が今年末までとされているからだ。
しかし実はその前に、この島は、韓国で大いに話題になり、最近モヤモヤすることの多い韓国人にカタルシスを与えてくれること間違いない。映画監督・柳昇完がこの端島を舞台に、徴用された朝鮮人坑夫400人が命をかけて脱出を敢行するという荒唐無稽なファンタジー『軍艦島』の公開予定があるからだ。