トランプ米大統領の「2017年通商政策」と題する報告書が米議会に提出された。この報告書は国家通商会議のナヴァロ委員長から、ホワイトハウスが主導してまとめ上げたとされている。この中で米国が最大の標的とするのは中国だ。もともとトランプ氏は自由貿易論者だそうだが、現在の貿易体制の下では中国だけが特殊な貿易体制で参加しているため、中国が一人勝ちしている結果を招いている。その歪(いびつ)さを正すためには既存のルールを破壊して、米国が損をしている体制を壊さなければならないとトランプ氏は考えている。
TPPは「中国に得をさせない体制」だと言われてきたが、トランプ氏にはWTO体制に基づく限り、中国の得は続くと考えている。
こういう考え方を象徴したのが3月1日に発表された通商方針で、一言で言えばWTOより米国内法を優先するとの考え方だ。WTOは世界貿易秩序を維持するために、二国間で紛争が起きた場合、提訴を受けて裁定を下すことができる。しかし米国は裁定が下されても「そのまま従うことはない」と主張、これまでの国際ルール重視の路線をひっくり返した。
この“独尊路線”に基づいて3日、中国製のステンレス鋼鈑・鋼帯への反ダンピング関税を76.64 ~63.86%、相殺関税は190.71~75.60%。炭素鋼板への反ダンピング関税は68.27%、相殺関税は251%を課すと発表した。ステンレス鋼板・鋼帯は2014年に対米輸出量が前年比2.1倍に急増し、炭素鋼板は15年までの2年間で2.5倍に膨らんでいた。世界鉄鋼協会によると中国の粗鋼生産量は15年度までの10年間で約2.3倍に拡大、米国の生産量は17%減になっている。
トランプ氏は米国の市場が中国に不当に奪われていると叫んで、衰退したラストベルトの労働者の支持を得た。
この報告書の主軸となったナヴァロ氏には『米中もし戦わば』という著書がある。米中戦争の可能性は70%以上、しかも米国劣勢とする主旨だ。トランプ氏は彼の著書を読んで陣営に迎え入れた。同氏は「日本が中国の脅威にどのように反応するかはアジアの将来の戦争と平和に重大な影響を与える」と述べている。
トランプ氏が中国を最大の脅威と捉えていることは、何より中国についての言及が少ないことから窺える。軍事巨大化する中国を押さえ込むためには、まず経済的に優位に立っている地盤を突き崩し、反面、軍事を強化することだろう。
このためにトランプ氏が迎えたのがジェームス・マティス国防長官だ。この国防長官には上院の共和党全員、民主党の2人を除く全員が賛成したというから、全幅の信頼を得た最高の人材と呼ぶに相応しい。既に来日し、日米安保を確認し、これまでにない、中国に対する見解を示したという。経済、軍事両面から中国の大国化、軍事化を防ぐ以外にアジアの安定はない。
(平成29年3月8日付静岡新聞『論壇』より転載)