米国がトランプ大統領によって一転、“力の外交”に回帰した。オバマ前大統領時代の力の不行使は平和を呼び寄せるどころか、世界中をキナ臭い世界に変えた。トランプ氏のシリア空爆は米国の軍事的な本気度を世界に示したと言える。
本来、化学兵器禁止条約による制裁は、まず兵器が使用されたかどうかを確認した上で、国連安保理で制裁を決議しなければならない。しかしロシアが拒否権を行使するのが目に見えているから、シリアには痛手にはならない。そこで米国は間髪を入れず空港の一つをトマホークで攻撃した。一ヵ所にとどめたのはロシアと決定的に対立する気がないことを示すためだったからだろう。イスラム国(IS)退治はロシアの空爆参加によって加速している。米露ともIS退治をこのまま続けるつもりだろう。
シリア攻撃に当たって国家安全保障会議(NSC)のトップを担当していたバノン氏が外された。バノン氏は保守強硬派の最右翼と言われていたが、マティス国防長官ら“軍人派”の意見の方が柔軟かつ用心深かったということか。これによってシリアで二度と化学兵器が使われることはないだろう。
米国のシリア攻撃は北朝鮮にも衝撃を与えたはずだ。NSC内では北朝鮮攻撃の戦略が練られているが、軍事的な全滅作戦では、撃ち洩らす危険が大だ。損害の規模が大きすぎる危惧がある。そこで考えられているのが金正恩氏の殺害計画だと言われている。かつて米国の特殊部隊が行ったオサマ・ビン・ラディン殺害計画の北朝鮮版だ。ティラーソン国務長官は「戦略的忍耐はすでに終わり、軍事オプションを含めあらゆる選択肢がテーブルの上にある」と警告している。
オプションの一つは中国に北朝鮮への圧力を強めてくれというものだったが、金正恩と中国とのパイプは期待するほど大きなものではないらしい。中国が北朝鮮産の石炭の輸入を止めたのは相当に効いているようだが、更に強めるとすれば、食糧供給の停止だろう。中国が恐れているのは、それによって大暴動が起こり、北朝鮮が崩壊することだという。そのような事態になれば、何百万人もの難民が発生することを日本も覚悟するしかない。
習近平主席を歓待しながら「実はさっきシリアを攻撃した」と告げる。米国の神経は強かなものがある。これでは「大国間関係」などを語る余地はない。
トランプ氏は中国が北朝鮮に何もしてくれないなら「当方で勝手にやりますよ」と語っているように見える。仮に米中間で北朝鮮問題で密約ができたとしたら、それは斬首作戦なら黙認する。米国相手に“第2次朝鮮戦争”への介入はしない、ということではないか。
トランプ氏は中国に厳しい貿易赤字の是正策を要求した。米中で100日計画を策定するというのだが、極めて困難な作業になるだろう。米中会談は何も生まなかった。
(平成29年4月12日付静岡新聞『論壇』より転載)