「特区方式導入で獣医不足を解消せよ」
―官僚内閣制に拘った文科省前事務次官の勘違い―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 四国・今治市が加計学園経営の岡山理科大学の獣医学部を誘致した。獣医師会が強く反対するため「特区方式」で新設を決めたが、決めるに当たって文科省が徹底抗戦したようだ。決定に至る役所間か文科省の上下間かはわからないが「総理の意向だから認可したほうがいい」旨の意見を書いた文書が出回った。肩書と名前は書いてないが、意向をやり取りした文書だろう。そこに前川喜平前文科省事務次官が、突如、「その文書は本物だ。現職中、私もその文書を見た」と証言した。なぜ証言する気持ちになったのか。記者会見を聞いて驚いたのは、役人が決めた規制を破ったことが許せないと本気で思っているようなのだ。記者会見では新宿の援助交際を仲介する出会い系バーに通って内閣府から注意された一件について質問された。「民情を視察するためだった」という。
 規制が絶対だったのは官僚内閣制の時代の話だ。国がまず内閣を作り、内閣ができてから議会を開設した。製鉄などの基幹産業も国が作って民間に払い下げた。規制ありきの時代だ。
 アメリカの政府作りはまず大統領を選んで大統領が自前の官僚を揃える。ヨーロッパでは日本のように議会ができて首相を選ぶところもあるが、規制を作って立法化するのは議員である。ところが、日本では9割以上が政府提案の法律である。言い換えると立法府の役割まで官僚が背負っているということだ。
 安倍内閣はこういう“官僚内閣制度”を政治主導に切り換えるため、高級官僚600人の人事を官邸主導に切り換えた。官僚が政治家の意向を忖度して行政をやるためだ。政治家の中にも官僚に使われるのは当然と思っている者がいるが、政治家は民意を代弁する存在でなければならない。
 えげつないしゃぶしゃぶ事件で財務官僚が処分され、奢ってもらう場合、限度は2000円と決められたことがある。その時、財務官僚は「これでは民情に疎くなる」とうそぶいたものだ。自分たちが民情を知り、規制を作るものだと固く信じているのである。まるで明治時代の感覚だ。
 今回、前川氏も援助交際を知るのも「民情を知るためだ」と恥じらいもなく言う。民情を代弁するのは政治家であって、その政治家の意見を聞いて規則を作るのが官僚だと自覚して貰いたい。獣医師総数が不足しているのは紛れもない事実であり、四国に獣医学部が存在しないのも事実だ。だからこそ今治市と愛媛県が「特区」制度に名乗りを挙げたのである。
 日本全国に「銀座」と名付けた通りや街が500もあるそうだが、これは中央が一様な町づくりを目指した結果だ。その銀座の殆どがシャッター街となっている。前川氏の発想は銀座方式を死ぬまで続けろというに等しい。
 前川氏は天下りを斡旋した責任を問われて文科省事務次官を辞任させられた。官僚制度改革の第一歩が天下り廃止で、各省はやむなく従ったが、文科省は全く無視した。官僚内閣制度が良いと思い込んでいるのだ。
  (平成29年5月31日付静岡新聞『論壇』より転載)