トランプ米大統領が環境を保護するためのパリ協定から脱退した。先立って行われたイタリアでのG7(先進7ヵ国首脳会議)で、脱退を表明。他の6ヵ国と対立した。トランプ氏は就任早々、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)からも離脱し、既に結んだ貿易協定も全てやり直そうという勢いである。一方でもう一つの大国中国が国際経済を揺さぶる振る舞いをし出した。
多国間の貿易協定を不満だとみる理由は、貿易は均等に拡大していくべきだという発想からきているようだ。現行の貿易ルールはウィンウィンの末の拡大ではなく、米国の貿易赤字だけが莫大になっている。米国の赤字の45%が中国で、16%が日本、18%が独だと指摘し、日本とは日米2国間の貿易協定を作ろうという。これは自由貿易の意味がわからない人物の考え方だ。
トランプ氏はラストベルトの人々を助けるために「日本がアメリカの自動車を買わない」「石炭の使用を禁じたらその工場が潰れる」などと言っている。日本の自動車が売れているのは「良い車」だからで、米国の車が日本人の趣味に応えていないからだ。関税は日本がほぼゼロに対して、米国は2.5%をかけてなお米国が負けるのなら仕方があるまい。生き延びようとして品質を向上させるのが自由貿易の原理だ。
世界の鉄鋼市場が中国の過剰生産に振り回されている。2015年の粗鋼生産量は8億トンだったが、生産能力は11億トンに増えている。増やしたのは中国だが、増えた分、鉄鋼価格は下がって世界中が不況に泣いている。自由な市場経済なら、自分に損が降りかかってくるのを承知で新規の工場を建てないし、価格が下がってきたら生産量を減らすはずだ。
習近平主席の中国経済再建策は08年のリーマンショックの時に4兆元(60兆円)の財政出動をして乗り切ったやり方の“国際版”を再びやろうということのようだ。
まずAIIB(アジアインフラ投資銀行)を創設し、周辺国に“一帯一路”と称する大型公共事業を企画させる。世界的規模の大消費を起こせば、景気回復にもなるし、過剰鉄鋼の消費策にもなると考えているようだ。
市場経済に参入したばかりの中国にこんな大仕事ができるのか。資金を担当するAIIBの職員は90人。ADB(アジア開発銀行)は2000人。中国は優秀な人材を世界から集めようとしているが、北京の汚染された空気の中で住むのはお断りだとか、意外な点で忌避されるらしい。目下手数料を払ってADBに事業の審査を頼んでいるという。
北京から大陸を通るシルクロード経済ベルト(一帯)、上海から海路を行く21世紀海上シルクロード(一路)の壮大な“公共事業”が計画されている。しかし国際経済はトランプ氏当選後、元安と市場金利上昇に弾みがついた。中国人民銀行は元暴落を食い止めるためドルを売って元を買い上げ、外貨準備を取り崩している。超経済大国の如く分不相応な対外膨張を図っているが、成算があるのか。
(平成29年6月7日付静岡新聞『論壇』より転載)