「世界秩序を覆すトランプ大統領は日本の良薬」
―我が国の貿易・安全保障をどう担保するか―

.

会長・政治評論家 屋山太郎

 トランプ米大統領は既成の貿易協定を軒並みやり直す意向を示している。環境保護を目的としたパリ協定からも脱退した。暴れる北朝鮮に対しては中国にも鎮圧するよう大命を降下した。
 米国が抱える貿易赤字は既成の協定によってもたらされたもの。知恵者なら、赤字が出た部分の改修に着手しようとするが、トランプ氏はどうやら貿易協定自体が悪いと断定しているようだ。しかし貿易の方式として、各地で締結されている貿易協定ほど公平で便利なものは見当たらない。貿易条件の自由化度を高めていって、大国も小国もウィンウィンの発展を可能にする。
 米国の貿易赤字の最大のものは中国、メキシコ、ドイツ、日本といったところだが、小さな国ほど米国と二国間交渉になったら力負けする。こうなれば小国は発展の機会を逃し、世界はブロック経済化するだろう。貿易秩序の根本のような協定からすべて抜け出すというような勝手を、欧州も日本も想像していなかったろう。命を預けるほど信頼していた米国が、世界秩序をひっくり返すことがあることを、日本人は改めて認識すべきだろう。
 この米国は北朝鮮をどう扱おうとしているのか。中国に「影響力を行使しろ」と頼んでいる。中国が言うことを聞かなければ、直接軍事的に叩く手もあり、中国のバブル経済を瞬時に破裂させることもできる。
 ハリス米太平洋軍司令官は「どの軍事行動も実行可能だ」と述べているが、マティス国防長官は人的損害が大きすぎると「戦争」の選択肢を避けたいようだ。
 こうなると中国に経済的な打撃を加える手しかなくなる。取り敢えず中国製の鉄鋼輸入制限を考えているようだ。元安を衝いて国際金融の面から経済破綻を狙っているとの見方もある。この中国経済破綻策が北朝鮮を押さえることに繋がるだろうか。実は中国もロシアも韓国も、北朝鮮を巡る情勢が変化することを願っていない。
 北朝鮮は米国本土を狙う大陸間弾道ミサイル(ICBM)と核を持つことになるのだろう。一旦米国を攻撃すれば、北朝鮮は報復によって全滅する。そのため周辺国である日本と日本の米軍基地を脅かす可能性がある。北朝鮮の望みは「核保有国」として米国と対等の条約を結ぶことだが、米国が応ずるはずがない。
 欧州でNATOがソ連の核危機に晒された時、ドゴールは「パリが危険に晒されたからといって、米国がワシントンを犠牲にしてまで報復はしない」と独自の核兵器開発を決定した。そのあとドイツも同じ理論を展開して、米軍の核ボタンをドイツも押すことができる権利を持った。核を持たなければ、最終戦争は妨げないとの哲学だ。日本は非核三原則といって「持たず、作らず、持ち込ませず」と言っている。この事態で核装備をするべきだが、せめて「持ち込ませる」くらいの手を打たないと、安全は担保されない。米国に原理、原則を一存で変える不安な大統領が出現したのは、日本にとって良い薬だった。
(平成29年7月19日付静岡新聞『論壇』より転載)