「破綻寸前のベネズエラ」
―大統領は元バス運転手―

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 今、南米のベネズエラが揺れに揺れている。先月30日に野党がボイコットする中で強行実施された制憲議会選挙では545議席の全てを与党候補が独占した。国際社会の強い非難にも拘わらず、現マドゥーロ政権は新憲法を成立させることで野党が圧倒的多数を占める通常議会を完全に無力化し、立法・司法・行政の全権を掌握しようとしている。首都カラカスでは野党支持者によるデモが連日行われ、治安部隊による発砲で死者も出ている。その一方で、街のあちこちの食料(パン)配給所には長い行列が出来、物乞いの数も増えているという。物価上昇は年率700%を超え、通貨ボリヴァルは価値を失いつつある。外貨準備はほぼ底を突き、輸入に頼る多くの消費物資が深刻な欠乏状態にある。昨年のGDP成長率はマイナス16%。まさに、ベネズエラは破綻寸前の様相を呈している。
 全ては今から19年前、1998年の大統領選挙で反米・親キューバ路線のウゴ・チャベス候補(軍人)が当選した時に始まる。チャベス大統領は2013年に癌で死去するまで一貫して国家社会主義を標榜し、豊富な石油収入を財源に「貧者救済」を目的とするバラマキ政策を続けた。1500社以上の民間企業が国有化され、労働者の大半が公務員になり、政府への忠誠を誓わされている。チャベス大統領はキューバのカストロ議長を兄貴分として尊敬し、同国をモデルとする国家建設に邁進した。独立の英雄シモン・ボリヴァルに因んで「ボリヴァル革命」と名付けられた急進的な経済社会改革を短期間に実現しようとしたのである。
 しかし、石油収入頼みの経済運営は石油価格の下落と共に破綻し、石油を担保に外国から借金して「貧者(ランチョス)救済」路線を継続したことが事態を更に悪化させている。石油収入の大半が借金の返済に回され、これが滞れば輸出用の石油が貸主に差し押さえられるリスクが生じる。消費物資の大半を輸入に頼るベネズエラの場合、国家財政の悪化(デフォールト)を防ぐためには輸入を極力抑えなければならない。しかし、そうすれば貧民に配給すべき物資もなくなり、彼らの不満が増幅するという悪循環である。先日、某英字誌が報じたところによれば、美容院を経営していた若い女性が、シャンプーや美容液の欠乏によって店を閉じざるを得なくなり、娼婦となって西の隣国コロンビアに出稼ぎに出ているという。事実、コロンビアだけでなく、南のブラジルにまで難民が溢れ始めている。
 先代のチャベス大統領は演説が上手く、カリスマ性に富んでいた。彼の周りには「チャベスモ」(チャベス親衛隊)と呼ばれる熱狂的な支持者がいたが、後継者となった現マドゥーロ大統領は元々バスの運転手をしていた人物であり、政策立案能力・行政手腕では無能と見られているものの、チャベスの側近となり絶対忠誠を誓うことで今日の地位を得た。しかし、彼にカリスマ性はなく、経済社会政策の行き詰まりと共に支持者も急減、2015年12月の議会選挙では野党連合の前に全議席の3分の2以上を失うという大敗を喫している。今や、政権支持者は国民の4分の1以下まで激減している。今回の制憲議会選挙は国民世論の反発を無視し、チャベス前大統領の「ボリヴァル革命」を錦の御旗に、局面の打開、中央突破を図らんとするものである。
 私がベネズエラを最初に訪問したのは1990年で、首都カラカスの街に林立する高層ビルに驚き、国民生活の豊かさに強い印象を受けた。しかし、2回目の訪問となった1999年はチャベス大統領誕生の直後のことで、全てが様変わりしつつあった。「チャベス親衛隊」の大半が若者で、彼らが中央行政機関から国有企業までのほぼ全ての幹部職を独占していた。さながら文化大革命時の紅衛兵のようで、私の知人であった年配者(インテリ層)は社会の隅に追いやられ意気消沈していた。外務省を訪ねた私は外務次官との政策協議に臨んだが、相手は30歳前後のミニ・スカート姿の女性(美人でした)で、室外で出迎えられたときは案内役の秘書かと見間違った。同席してくれた旧知のアジア局長は消え入りそうに小さくなり、一言も発しなかった。
 ベネズエラ社会は労働者・貧者vsインテリ・富裕層に分裂し、その亀裂は今日まで続いている。全ては「石油」に起因する。かつてはこれによって富裕層が専ら富を蓄積し、21世紀に入ると激しい反動が起こって石油収入の大半が貧者にばら撒かれている。いずれ、再び、こうした状況への反動が起こるだろう。ただ、その時は、社会の亀裂が更に深刻化しているに違いない
 なお、現在、ベネズエラ(国土面積は日本の2.4倍、人口は3千万人)に住む在留邦人は400人ほどだが、進出日系企業は57社ある。石油や資源ビジネスに関わる商社やトヨタなどの自動車会社が中心である。米国が制裁措置としてベネズエラ石油の禁輸に踏み切ればビジネスへの影響は甚大だが、そうならなければ細々とした今の状況(ジリ貧気味だが)が続くだろう。日本に在住するベネズエラ人は300人ほどで、プロ野球DeNAのアレックス・ラミレス監督はそうした日本在住者の一人である。