RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の交渉がどうやら行き詰まりを見せている。RCEPというのはASEAN10ヵ国に日・中・韓・印・豪・NZの6ヵ国が加わった東アジアを包括する貿易協定だ。実現すれば人口34億人(全世界の半分)、GDP20兆ドル(世界全体の3割)、貿易総額10兆ドル(世界全体の3割)の広域経済圏が出現する。
日本政府は当初、この交渉に乗り気だったが、安倍政権はこの交渉と同時に進行中だったTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉に乗り換えた。TPPは日本など12ヵ国をまとめた貿易協定で、特徴は「中国を排除」した点だ。TPPは2016年に妥結したが、トランプ大統領のTPP離脱宣言によって頓挫した。
これによって選択肢はRCEPになったかに見えたが、安倍首相の判断はTPPを米国抜きの11ヵ国で妥結させようというものだった。TPP市場は米国が85%を占めている上、TPPに参加してアジアの成長を取り込もうとしても、RCEPの規模には劣る。
それでもなお安倍首相がTPPに拘るのは、トランプ政権の後、「米国が復帰することが見込めること」に加えて、中国のような社会主義政権と「自由市場の共通ルールを作れるわけがない」と考えているからだ。中国は緩やかなルールを作って、官営のルールに自由経済諸国を取り込もうという思惑である。トランプ政権の中枢メンバーの一人である経済学者のピーター・ナバロ氏は、手段を選ばぬ中国の経済政策を批判し、『中国に殺される』(DEATH by CHINA)という本の中で、こう述べている。
「中国が2001年にWTOに加盟して以降、アメリカの市場には違法な補助金に後押しされた中国からの輸出品があふれた。その結果、5万7000もの工場が消え、250万人以上もの労働者が失業したままだ」
ナバロ氏は、中国は「毒食品」の販売まで野放しにして、モラルの破壊までもたらしていると言う。
中国経済はさながら「国家資本主義」であり、本質は重商主義、保護主義だと断じている。これらの統制経済は、自由主義経済が100年かかって克服してきた道だ。習主席は国営企業の汚職退治に懸命だが、共産党一党独裁で、言論の自由がないのだから、是正されるはずがない。
中国が為替操作をやり、輸出補助金でダンピングをやり、労働者を外国に送って賃金のピンハネをやっていることは周知の事実だ。
日本はTPPの作成に当たり、知的財産分野で模倣品や海賊版の取締りの厳格化を求めた。「松阪牛」は世界的なブランドだが、中国では「松坂牛」というブランドが登録されており、取り消し要求は却下された。
安倍首相はトランプ氏のTPP脱退宣言と同時に「11ヵ国によるTPPの結成」にこだわったのは「米国は戻ってくる」と見通してのことだったろう。米国の対中貿易赤字は、米国全体の半分を占める。TPPの中国排除は経済を「公正」に運用するためだ。
(平成29年9月13日付静岡新聞『論壇』より転載)