「連立与党の歴史的敗北。議席数では両党合わせて何とか過半数を維持したものの、第一党は65議席を失い、単独過半数に届かない。両党の合計得票率は前回選挙から14%近く激減。首相は留任する見通しだが、その指導力には大きく陰りが見え始めた。」
これは日本の話ではない。先月24日にドイツで行われた連邦議会選挙の結果である。メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は予想を超えた議席減に意気消沈、連立を組んでいたドイツ社会民主党(SPD)は結党以来最悪の選挙結果を受けて早々に連立離脱を表明した。このため、メルケル首相は新たな連立政権樹立に向けて自由民主党(FDP)や緑の党などとの交渉を開始している。
他方、この選挙で勝利したのは新興の極右政党である「ドイツのための選択肢(AfD)」で、94議席を獲得してゼロからいちやく議会第3党に躍進した。メルケル首相の寛容な難民政策(昨年だけでシリア難民など100万人超を受け入れている)に不満を持つ有権者が連立政権に厳しい審判を下した格好で、難民規制を主張する極右政党が支持を集めた。[注:ドイツの選挙制度においては、得票率が全体の5%に満たない場合は議席が配分されない(つまりゼロ)ため、弱小政党に不利と言われているが、逆に、今回のように新たに5%を超える政党が2つ(FDPとAfD)も現れ、両党合計で全690議席の4分の1に当たる171議席を奪う事態になると一挙に政界に激震が走ることになる。]
この選挙結果は衆議院議員選挙真っ只中の日本にとって教訓に満ちている。過去12年間、ドイツの政界をリードし、ヨーロッパで「ドイツ1強時代」を築いてきたメルケル首相の権威が今回の選挙結果を受けて一挙に揺らぎ、「指導力に陰りが見え始めた」と評される事態は深刻である。今、ヨーロッパでは英国のEU離脱問題をめぐって混乱が生じており、フランスのマクロン新大統領はEU統合推進に積極的ではあるものの、人気の急速な低迷もあってどこまで指導力を発揮できるかは未知数である。メルケル首相の存在感こそが地域安定の要であったヨーロッパにとって、同首相の権威が落ち、今後、ドイツ政治の先行きが不安定化すればその影響は甚大である。
このようにドイツ一国のみならずヨーロッパ情勢にまで影響を及ぼしているドイツ連邦議会選挙の結果であるが、冷静に分析してみると、「ドイツのための選択肢(Afd)」を支持した有権者は得票数ベースで全体の12.6%に過ぎず、しかも選挙後の世論調査によれば、この極右政党を積極的に支持していたのは同党への投票者の3分の1程度にとどまり、残りの3分の2は「何となく既成政党に不満」というのが投票理由だったという。こうした「何となく不満」派とも言うべき有権者(浮動層)の投票行動の変化が一国の内政にとどまらず世界情勢にまで影響を及ぼす事例は先の米国大統領選挙で見たばかりである。
勿論、ドイツと日本の政治状況は大きく異なる。今回のドイツ選挙では「難民受入れ問題」がほぼ単一の争点となったが、こうした状況は日本にはない。選挙制度も異なり、日本では弱小政党でも1つ、2つの議席を獲得することが出来る。しかし、絶対安泰と見られていた政権が1つの選挙を経て突然に不安定化する事態はよそ事ではない。
安倍政権としても今回のドイツ連邦議会選挙を教訓に、仮に、国民の生活と国の安全を守るという基本政策に多数の国民の理解が得られたとしても、1つのスキャンダルをきっかけに状況が一変してその政治姿勢に有権者の疑念が生じる事態になれば厳しい審判が待っていることを覚悟しなければならない。確かに、ここ数日の各種の世論調査では「与党、300議席をうかがう勢い」といった楽観的な結果が出ているが、投票態度未定という者も多く、慢心は戒めるべきであろう。
それにしても、ドイツ選挙の争点が「難民受入れ」という内政・外交の重要課題であったのに対し、日本の選挙では大多数の国民にとって日々の生活にも国の安全にも関わらない「モリカケ問題」なるものが有権者の投票行動を決める主要争点の1つになっている(らしい)のは何ともやりきれない。今、安倍政権の行方には世界が注目している。日本の政治が不安定化することは何としても避けたい。