ドイツのメルケル首相がかつてない困難に直面している。9月の連邦議会選挙で単独過半数を失い、連立協議も不調で少数政権でのスタートを余儀なくされそうである。これで行き詰まるようなら再選挙という選択もあり得るが、再び過半数をとれなければ辞任せざるを得ないであろう。つい最近まで飛ぶ鳥を落とす勢いだったメルケル政権の権威は失墜し、それと同時に「ヨーロッパ一強時代」と呼ばれたドイツの圧倒的存在感もすっかり影をひそめてしまった。「外交は内政の反映」といわれるが、EUをリードしてきたドイツ外交の凋落はいまやこの言葉通りの姿になっている。
これに反比例するようにマクロン大統領指導下のフランスが一気に息を吹き返しつつある。労働組合の強い反発にもかかわらずフランスのがんと言われてきた労働者優遇制度を抜本的に改革しつつあり、外交面では新たなEU統合推進案を打ち出すなど注目すべき動きを見せている。今年の大統領選挙と国民議会選挙で相次いで勝利し、EU懐疑派の極右・国民戦線をすっかり脇に追い込んでしまっている。過激な内外政策のゆえに世論の支持は落ちているが、2019年の欧州議会選挙を別とすれば、しばらくは大統領選挙も国民議会選挙もないので世論に迎合しなければならない理由はなく、3~4年後の選挙には「成果で勝負」と腹をくくっているように見える。マクロン大統領は未だ就任後半年ばかり、先々は未知数だが、フランスの未来にわずかの光明をもたらしている。
それでは英国はどうかというと、EU離脱交渉がいっこうに進展せず、1年数か月後に迫っている離脱期限までにEU側と意味のある合意(ソフト・ランディング)に達するのは絶望的になりつつある。抜き打ち解散を行った6月の総選挙で事実上の敗北を喫したメイ政権(保守党)は閣内の混乱もあずかって今や「打つ手なし」の状況にある。このまま事態が推移すれば「合意なき離脱」という最悪の事態も予想され、経済的なダメージを懸念する声は少なくない。最近では一部の議員や有識者からEU離脱の方針それ自体を再考すべきではないかとの主張すらなされるようになっている。英国は安全保障面でこそNATOを通じた欧州連携の一員であり続けるが、それ以外では英国とEUは「赤の他人」になりかねない。我が国のようにEUの窓口たる英国に対して欧州最大の投資を行っている部外国は梯子をはずされた格好になる。
欧州政治におけるイタリアの存在感は限りなくゼロに近い。こちらも昨年12月の国民投票で自らの提案が否決されたレンツイ首相が辞任、その後にジェンティローニ政権が発足したが、議会の混乱は続いている。イタリアでは、2013年の選挙以降、所属政党をひょいひょいと変える無節操な議員(上下両院議員945名の3分の1以上)が後を絶たず、深刻な政治不信を招いてきた。彼らは政界というジャングルの中を1つの木から別の木へと飛び移る「ターザン議員」と揶揄されている。フランスで欧州懐疑派勢力が退潮しつつあることの影響もあって、EUあるいはユーロを批判する政党(5つ星運動)は一時の勢いを失っているようだが、国際政治の舞台で一役演じられそうな政治状況にはない。
こうしてみると、欧州政治における主要国の外交はそれぞれの国の内政を直接反映するものになっていることが分かる。米国でもトランプ政権の「米国第一主義」が幅をきかせ民主的な理念や価値観を示せない状況にあっては国際政治におけるリーダーシップは期待薄と言わざるを得ない。今や、「世界のリーダー」は中国の習近平国家主席ではないかと評する(皮肉な)声もある。それほど、欧米主要国の指導者は内政問題に汲々としていてグローバルなビジョンを示し、これを主導する力を失っている。
私は先に「安倍政権の継続は日本の国益」という一文を書いたが、欧米諸国が内政で混乱している今こそ日本の出番なのではないか。10月の衆議院議員選挙で自民党が勝利した結果、日本の内政は相対的に安定し、安倍政権は6年目を迎える。安倍総理は今やG7首脳の中ではメルケル首相に次ぐ古株である。勢い、TPP11の経済連携交渉にしろ地球環境問題にかかわるCOPの交渉にしろ、国際社会は安倍総理のリーダーシップに期待する。日本が自らの理念と価値観を示し、世界の平和と安定、発展に貢献できる時代がそこまで来ているように思える。