オーストラリアのシドニーに本部を置く「世界経済平和研究所(IEP)」というシンクタンクがある。この研究所は、「世界平和インデックス」と「世界テロリズム・インデックス」という国際的に高い評価を得ている2つの指標を折々に発表している。最近出された2017年版を見ると、日本は「平和」の方では調査対象になった世界163ヵ国中で10位、「テロ」の方は(危険度の高い順で)58位になっている。
いったい何を基準に各国をランク付けしているかというと、「テロ」の場合は2000年以降(特に過去5年間)におけるテロ事件の発生件数と犠牲者数に基づいており、それはそれで明快だが、「平和」の方は国内外の紛争から小型兵器(銃器)へのアクセスまで22の評価項目があってやや複雑である。特に「近隣諸国との関係」などという項目はどのように評価しているのか微妙である。
先ず、「平和」についての日本の評価だが、2017年の10位という順位は必ずしも喜べない。主要先進国の中ではカナダの8位に次ぐものだが、2011年までは3~4位にランクされており、それ以降は毎年1つずつランクを落としている。「犯罪件数」や「兵器輸入」、「軍事支出」などの項目で評価が徐々に下がっていることが考えられるが、最大の理由は前述の「近隣諸国との関係」であろう。特に尖閣諸島をめぐる中国との軋轢及び北朝鮮との関係が大きく影響しているものと考えられる。
一方、「テロ」指標の58位というのも俄かには納得が行きがたい。勿論、大規模なテロ事件が頻発しているフランス(23位)、米国(32位)、英国(35位)、ドイツ(38位)などよりはテロの危険度は低いのだが、オーストラリアやカナダ、イタリアよりは高危険度の国と見られている。一般の日本人はテロと言えばISILやタリバン、ァル・カイーダなどの国際テロ集団による犯罪を想起し、そんな事件は日本では起こっていないと思っている。日本における戦後最大のテロ事件は1995年の「地下鉄サリン事件」だが、IEPの指標は2000年以降を評価対象にしているので、この事件は含まれていない。
そこで思い出されるのは2002年の石井紘基衆議院議員刺殺事件や2007年の長崎市長射殺事件のような政治絡みの殺人事件だが、10年以上も前の出来事であり、これがテロ事件として日本の評価を大きく下げているとも思えない。むしろ、近年発生している政治家の選挙事務所への放火・襲撃事件や2015年の総理官邸への無人機墜落事件、2016年の宇都宮連続爆発事件、更には2015~17年の寺社連続油事件などが「テロ事件」に分類されている可能性がある。暴力団の存在も無視できない。彼らの抗争による暴力団員の死傷事件も頻発しており、これらも「テロ事件」と言えなくもない。そうであれば(日本人一般の「テロ」感覚からは遠いものの)58位というのは理由があるかも知れない。
興味深いのは、IEPの指標で「テロ危険度ゼロ」と評価されている国が世界に30ヵ国もあることである。大半がアフリカや中南米の小国であるが、先進国のノルウェーやポルトガルも入っている。アジアではシンガポールとベトナムに加え、何と北朝鮮が「テロ危険度ゼロ」の国と評価されている。先のクアラルンプール事件(金正男暗殺)を思えば北朝鮮では政治的な理由による暗殺事件が頻発していそうだが、IEP側の情報不足もあるかも知れない。それと自国民が国外で起こすテロ事件は事件発生国の危険度の方に組み込まれていることもあろう。
実は、アジアは中東や北アフリカと並んでテロの危険度が最も高い地域とされている。それは、アフガニスタンのほか、パキスタンやインドといった南アジアの国々がテロ危険国の世界トップ10に入っているからである。東南アジアでもフィリピン(12位)、タイ(16位)、ミャンマー(37位)、インドネシア(42位)がイスラム過激派の問題をかかえている関係でテロの危険度が高い国と評価されている。
こうしてみると、日本の「安全神話」を妄信してばかりもいられない。1つの海外シンクタンクの評価で一喜一憂する必要はないものの、大きな流れとしては日本の平和と安全は徐々に悪化する傾向にある。まさに、日本の安全保障環境は年々厳しくなっているのである。