世界には原因も治療法もわからない難病・奇病がたくさん存在する。とくに、サハラ砂漠以南のアフリカや南米に多い。それらの病に感染性があると、アジアや欧米諸国も脅威にさらされる。かつてのHIV/エイズやエボラ熱、最近ではジカ熱もそうだが、いったん感染が拡大すると抑え込むのは大変であり、「パンデミック」と呼ばれる世界的流行に至る可能性もある。
原因や治療法がわかっていても抑えきれない感染症もある。HIV/エイズと並んで三大感染症と言われるマラリアや結核についても、「もぐら叩き」か「いたちごっこ」のように、ある地域で対策がとられても別の地域で大量発生するという状況で、撲滅にはいたらない。
今、私が関心を向けるのはフィラリア症やシャーガス病、リーシュマニア病など10数種類の「顧みられない熱帯病(NTDs)」と呼ばれる特殊な病で、罹患者の写真を見ると、世の中にはこんな恐ろしい病気があるのかと戦慄する。感染源はそれぞれだが、蚊が媒介するものが多い。いったん罹患すると完治が難しいとされ、罹患者の苦悩、絶望感は想像を絶する。非感染症である癌も致死率が高いという点で恐ろしい病気だが、人間としての外形がひどく変形し、社会的差別を受け、しかもそれが感染するとなると別次元の恐ろしさがある。
製薬メーカーもこうした熱帯病の治療に有効な医薬品の開発に精力的に取り組んでいる。しかし、研究開発に多大なコストを伴う反面、仮に開発に成功しても商業的な利益はほとんど期待できないという問題がある。罹患者の大半が貧困国に集中するために高額な医薬品は創れず、しかも罹患者の数が限定されるために大きな需要を望むこともできない。日本ではGHIT Fund(グローバルヘルス技術振興基金)と名付けられた半官半民の基金が2012年に創設され、製薬メーカーと連携して開発経費を共同負担する体制が出来ているが、金額的に十分なものとは言えない。
オランダに本部を置く「医薬品アクセス(ATM)財団」が隔年で「ATMインデックス」という指標を発表している。世界の主要な創薬企業20社を対象に、貧困国における熱帯病(NTDs)対策への支援活動をランキングの形で評価する指標である。日本からはタケダ、第一三共およびエーザイの製薬3社が評価対象になっている。2016年版のインデックスによると、世界20社中、エーザイが11位、タケダが15位、第一三共が18位にランクされている。
ATM財団の評価手法は①各社の医薬品アクセス改善への取り組み姿勢、②市場における影響力と法令順守、③(新薬の)研究開発、④価格設定と製造・普及、⑤特許上の優遇、⑥能力開発(人材育成)、⑦医薬品の無償提供、の7項目を取り上げて、これらを点数化するものである。エーザイが特に高い評価を得ているのは、取り組み姿勢の積極さと医薬品の無償提供である。エーザイはリンパ性フィラリア症(象皮症)に有効とされる医薬品(DEC錠)をインドネシアなどアジア諸国を中心に大量に無償提供している。タケダと第一三共の場合は研究開発や能力開発への意欲的な取り組みが評価されている。
価格政策の面では医薬品へのアクセス改善のため発展途上国の貧富の度合いに応じて医薬品の販売価格に差異を設けたり、同じ国の中でも富裕層と貧困層の間で価格に差をつけるといった手法がとられる。欧米のGSK、J&J、Novartisといった大手メーカーは価格政策を積極的に導入しているが、技術的な困難も多く、日本の3社は未だ試行段階にあるようである。
私は、日本の製薬メーカー3社が世界の名だたるメーカーに伍して「医薬品アクセス」の問題に意欲的に取り組んでいることを嬉しく思っている。アフリカや南米で恐ろしい熱帯病に苦しんでいる人々のことを思うと、彼らの苦悩と絶望感を少しでも和らげるために日本企業が貢献していることはすばらしいことである。