政府は平成30年度予算案に、航空自衛隊の戦闘機に搭載する長射程の対地・対艦ミサイルの関連経費を計上することを決めた。導入を検討するミサイルは次の3種類である。「JSM: Joint Strike Missile」「JASSM: Joint Air-to-Surface Standoff Missile」「LRASM: Long Range Anti-Ship Missile」
JSMはノルウェー製で、射程約500㎞、空自の次期主力戦闘機F35Aに搭載し、対艦と対地の両方に使える。JASSMは米国製で対地攻撃用であり、LRASMは対艦攻撃がメーンだが対地攻撃も使える。共に射程は900㎞で、F15戦闘機への搭載を念頭に、機体改修の調査を行うという。概算要求には含まれておらず、しかも臨時国会閉会後に発表したとあって野党及びメディアは一斉に反発した。
政府の説明も画期的な新装備導入を決断した割には防戦一方で、ややちぐはぐな印象がある。だが、野党やメディアの反発もまた、軍事的知識の欠けた暴論に近いものがある。最も声が大きい反発は「専守防衛に反する」というものであろう。理由として二つあるようだ。一つは精密攻撃能力があること、そして二つ目は射程が長いことだ。
精密攻撃能力については、F4ファントム戦闘機導入時、航続距離の長い戦闘爆撃機ということで論議になり、専守防衛に反するとした野党の主張に配慮し、わざわざ金をかけて爆撃計算機を外したことがある。莫大な費用をかけてまで能力を下げた上で兵器を導入するのは国際常識ではありえず、世界の笑いものになった。その後、軍事科学技術の進展に追随するため、F4へ爆撃計算機を再装備しなおしている。F15戦闘機導入時には、さすがに爆撃計算機を外すことはなかった。
其の後、爆撃計算機だけでは精密性に欠けるということで、通常爆弾にGPS/INS誘導装置を付加した精密誘導爆弾(JDAM GBU38/B)を導入した。更には通常爆弾にセミ・アクティブ・レーザー・ホーミング誘導(SALH)方式を追加した精密誘導爆弾(レーザーJDAM、 GBU―54)も導入して爆撃精度を上げている。これらの装備は日本に上陸した敵部隊を撃退するには欠かせないものであり、とっくに装備化されている。精密攻撃能力があるから「専守防衛」にはそぐわないとの主張は全く当たっていない。
「射程が長いから」専守防衛にはそぐわないという主張も現実離れしている。例えば、占領された島嶼を取り返すためには、上陸した敵部隊の防空網を突破して上陸部隊を攻撃しなければならない。中国も導入したというロシア製の長距離地対空ミサイルシステムS-400の射程は約400㎞と言われている。島嶼を占領した敵部隊がこのミサイルを配備している場合、この防空網の圏外から攻撃しなければ甚大な被害を被る。現在保有する精密誘導爆弾だけで上陸部隊を撃退するとなれば、それはまるで「特攻隊」に近い。敵より長射程のミサイルでもって乗員の安全を最大限確保しつつ、艦艇や上陸部隊を航空機から効果的に攻撃できる能力を「スタンドオフ能力」という。スタンドオフ能力は国民や乗員の被害を局限しなければならない専守防衛だからこそ必要なのだ。
軍事技術の進展は近年特に目覚ましい。防空網の射程が今後益々延伸される趨勢にある中で、これから10年以上も保有し続けるであろう攻撃ミサイルの射程が約900㎞というのは、軍事的合理性からみても何ら不自然ではない。「これほど長射程のミサイルがイージス艦防護や離島防衛に不可欠とは言えない」と主張するメディアには、「不可欠とは言えない」軍事的根拠を提示してもらいたいものだ。現場感覚からいえば、それは空自パイロットに対し「特攻隊」をやれと言っているに等しい。スタンドオフ能力を「専守防衛に反する」という主張は、かつてF4の爆撃装置を外した愚行以上に非常識である。
次に声が大きいのが「敵基地攻撃にも活用できる装備だからとんでもない」という主張だ。北朝鮮の弾道弾ミサイル脅威が高まっているとはいえ、「ごまかしのようなやり方で防衛政策を進めるのは国益に反する。政府は『自衛隊は敵基地攻撃能力を持たない』と繰り返し答弁してきた。どう整合性をつけるのか」と野党は反発している。
この主張も軍事的知識不足から来る「早とちり」の感は拭えない。なるほど、今回の長射程空対地ミサイルは「敵基地攻撃能力」というジグゾーパズルの一つのピースにはなり得る。だからといって、これだけでは「敵基地攻撃能力」のジグゾーパズルの絵は完成しない。
「敵基地攻撃能力」になるには、電子戦能力、サイバー攻撃能力はもとより、HUMINT (Human Intelligence) を始めとする各種情報能力が欠かせない。何よりリアルタイム情報がなければ発射前のミサイルを撃破することは不可能である。偵察衛星はこの役割を果たすことはできない。移動発射機に搭載して動き回る弾道ミサイル部隊を攻撃するのは、島嶼に上陸した部隊を攻撃するようにはいかないのだ。
また攻撃後の破壊成果を検証できる評価能力も欠かせない。これらのピースが全て揃って初めて「敵基地攻撃能力」と言える。今回、長射程ミサイルを導入するからと言って、自衛隊が「敵基地攻撃能力」を保有したとは軍事専門家であれば誰も思わないだろう。「米国製ミサイルは射程900キロ。日本海から発射すれば北朝鮮全域に届く。長距離巡航ミサイルの導入は、専守防衛の枠を超えると言うほかない」という某新聞の社説は、日本の安全保障リテラシーの低さを表しているとしか言いようがない。
これまでにない長射程のミサイル導入がインパクトを持つのはわかる。だが防衛省が説明するように所詮、「北朝鮮のミサイル警戒にあたるイージス艦の防護や離島防衛のためであり、あくまで日本の防衛のため」であり、「相手よりも射程の長いミサイルを持つことで、我が国の領土への上陸・侵略を抑止するというのが第一義」に過ぎない。
次に強い反発の声が「矛と楯」の関係である。「日本の安全保障は、米軍が攻撃を担う『矛』、自衛隊が守りに徹する『楯』の役割を担ってきた。この基本姿勢の変更と受け止められれば、周辺国の警戒を招き、かえって地域の安定を損ねる恐れもある」と某メディアは主張する。これは間違いではないが、正確ではない。「2年前に失効した『米国は矛、日本は楯』の役割分担」(2017.5.23)でも述べたので再読していただければ幸いだが、2015年に改訂された新ガイドラインでは、この関係は一部すでに変わっている。
例えば、新ガイドラインでは「弾道ミサイル攻撃に対処するための作戦」について、役割分担をこう述べる。「自衛隊は、日本を防衛するため、弾道ミサイル防衛作戦を主体的に実施する。米軍は自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」
1997年に策定された旧ガイドラインと比較すれば違いがよく分かる。旧ガイドラインでは「自衛隊及び米軍は、弾道ミサイル攻撃に対処するために密接に協力し調整する。米軍は、日本に対し必要な情報を提供するとともに、必要に応じ、打撃力を有する部隊の使用を考慮する」とある。
弾道ミサイル防衛に関して言えば、旧ガイドラインにあった「敵基地攻撃能力」に関する記述、つまり「(米軍は)必要に応じ、打撃力を有する部隊の使用を考慮する」という一文は、もはや新ガイドラインでは消滅している。消滅した意味は大きい。「弾道ミサイル防衛」に関しては、従来の「矛と楯」の役割分担は既に改定され、「打撃力を有する部隊の使用」つまり「敵基地攻撃」を含め自衛隊が主体的に実施し、米軍はそれを「支援し、補完」するという役割分担に代わっているのだ。
では、「矛と楯」の関係が完全に消滅したのかというとそうではない。新ガイドラインに一か所だけ出てくる。「領域横断的な作戦」には、「米軍は、自衛隊を支援し及び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」とある。「領域横断的な作戦」とは言わば全面戦争である。つまり全面戦争になれば、核を含む打撃力による報復は米軍が担い、従来の「矛と楯」の関係は維持される。それによって米国による「拡大抑止」が担保される。だが、これは懲罰的抑止であり、弾道ミサイル防衛のような拒否的抑止ではない。
相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力には懲罰的抑止と拒否的抑止がある。懲罰的抑止とは自分が攻撃された場合、相手に壊滅的打撃を与える能力と信憑性を保持することで相手に攻撃を思いとどまらせることである。日本は憲法の制約もあり、これまで米国の「矛」つまり「拡大抑止」に依存してきた。日本が攻撃されれば、米国が核を含む敵地攻撃で必ず報復するという前提で抑止が保たれてきた。
拒否的抑止とは、相手の意図を拒否できる能力を持つことにより、攻撃を思いとどまらせることである。核ミサイルで威嚇、恫喝されても、弾道ミサイル防衛を整備することにより、「撃つなら撃ってみろ。全部落としてみせる」と示すことで相手の意図を拒否することである。北朝鮮の核ミサイルに対する拒否的抑止能力には、シェルターの整備などもあるが、やはり中核は弾道ミサイル防衛である。
発射準備中の弾道ミサイルを含め、日本に飛来する弾道ミサイルを撃破する弾道ミサイル防衛は拒否的抑止能力であり、新ガイドラインが示すように日本が主体的に実施しなければならない。繰り返すが、日本向けに発射準備中の弾道ミサイルを地上で撃破するのは懲罰的抑止能力ではなく、拒否的抑止能力なのである。
混迷の原因は「敵基地攻撃能力」という言葉のせいもある。あえて適切なワーディングにすれば、それは「発射前ミサイルの撃破」であり、「弾道ミサイル防衛」の範疇なのである。だがメディアも含め、懲罰的抑止能力と勘違いし、「米軍の役割」を思い込んでいる人が多いようだ。新旧ガイドラインを読み比べれば、そうはなっていないことは容易にわかる。旧ガイドラインでは米国の役割だった「発射前ミサイル撃破」を含め、弾道ミサイル防衛は既に日本の主体的役割になっているのだ。
本来なら新ガイドライン改定後、直ちに「発射前ミサイル撃破能力」(自民党のいう「敵基地反撃能力」)の議論を開始すべきだった。北朝鮮の核・ミサイル脅威が顕在化してやっと議論の俎上に上った。だが懲罰的抑止と拒否的抑止を混同したままであり、「矛と楯」の議論もガイドラインそっちのけで独りよがりな議論に堕し、混迷を深めるばかりである。
今回、政府は「あくまでわが国防衛のために導入するもので、敵基地攻撃を目的としたものではない」と述べる。当然であろう。現在の防衛計画の大綱には敵基地攻撃能力を記述していないし、長距離ミサイル導入だけでは敵基地攻撃能力にはならないからだ。
だが「敵基地攻撃能力は日米の役割分担の中で米国に依存しており、今後とも日米の基本的な役割分担を変更することは考えていない」述べるのは、間違ってはいないが正確ではない。「拡大抑止は引き続き米国に依存し、日米の基本的な役割分担を変更することは考えていない。弾道ミサイル防衛における『発射前ミサイル撃破能力』については、今後検討し結論を得る」と正確に述べておく必要があるのではないだろうか。
いずれにしろ、軍事的知識を欠いたまま、「敵基地攻撃」と言った途端、「パブロフの犬」のように、「専守防衛」「矛と楯」と返ってくるようでは、冷静で合理的な議論はできない。55年体制時のような無責任な言葉遊びで防衛論議を済ますような時代ではなくなった。脅威は目前にあり、それを戦争にさせないためにどう抑止力を確保するか、地に足の着いた議論を国政の場で真剣にやってもらいたいものだ。