目覚ましい勢いでAI(人工知能)が進化しているが、中国の人民解放軍はAIを軍事のあらゆる分野に取り込み、軍事分野における革命(「AI軍事革命」)を標榜している。人民解放軍の研究者であるエルザ・カニア(Elsa B. Kania)が、人民解放軍の「AI軍事革命」に関する注目すべき論文「戦場のシンギュラリティ」1 を発表した。シンギュラリティ(技術的特異点)の意味は、人によって定義が違うが、「AIが人間の知性を超える」とか「AIが自らAIを生み出すことによって知能爆発が起きる」とか、AIの発達によりあらゆる分野において抜本的な変化が起こることである。
カニアは、人民解放軍が注目する「戦場で起こるであろうシンギュラリティ」に焦点を当てている。この論文の注目点は―①中国は、AIを将来の最優先技術と位置づけ、「2030年までにAIで世界をリードする」という目標達成に向け邁進中である、②習近平主席の「軍民融合」により、民間のAI技術を軍事利用し、「AIによる軍事革命」を実現しようとしている、③「AIによる軍事革命」の特徴の一つは、AIと無人機システム(無人のロボットやドローンなど)の合体であり、この革命により戦争の様相は激変する、④「AIによる軍事革命」にはリスク(倫理的問題など)もあり、人間とAIの関係は今後の大きな課題―である。
中国は既に米国に次ぐAI先進国
現在、米国が民間部門のAI開発の進展により、AI分野における世界のリーダーになっているが、中国が米国を猛追している状況だ。
中国指導部は、AIを将来の最優先技術に指定し、2017年7月に「新世代のAI開発計画」を発表したが、その中で「中国は、2030年までにAIで世界をリードする」という野心的な目標を設定している。そして、最先端のAI研究に大規模な予算を投入し、その目標を達成しようとしている。
中国は、すでにAI先進国であり、AIの特許出願数において米国に次ぐ第2位であり、AIに関する論文数では米国を上回っている。数のみではなく質の面でも中国は米国を猛追していて、「AI発展のための委員会(旧称 アメリカ人工知能学会Association for the Advancement of AI)」が主催したコンテストにおいて、中国の「顔認証」ベンチャー企業が第1位になった。
中国は、多額のAI予算の投入、アクセスできるビッグデータの存在、最も優秀な人材を集め教育する能力などにより、AI分野で米国を追い越す勢いであり、米国は手強いライバルと対峙することになる。
「軍民融合」により民間AI 技術を軍事利用
中国の主要なIT企業(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、ビッグデータにアクセスするメリットを享受し、AIの多くの分野(機械学習、言語処理、視覚認識、音声認識など)で長足の進歩を果たしている。
中国は、軍民融合という国家的戦略により、民間のAI技術を軍事に転用しようとしている。例えば、自動運転車の技術は人民解放軍の知能化無人軍事システム(ロボット、無人航空機、無人艦艇・潜水艦など)に応用可能であり、コンピューターによる画像認識と機械学習の技術を応用すると、目標認識が不可欠な各種兵器の能力を飛躍的に向上させることになる。
AIによる軍事革命
米軍は、1990年代後半から当時の最新技術であるIT(情報通信技術)を活用したRMA(軍事における革命)により、現代戦をリードしてきた。米軍は当時から、情報時代における戦争の技術(ステルス、精密誘導兵器、ハイテクセンサー、指揮統制システム)において、他の諸国に対して圧倒的に優位であった。
中国は当時、米国のRMAを学ぶ立場で、米軍のRMAを子細に観察・研究するとともに、米軍の弱点を攻撃する非対称的手段(宇宙戦、サイバー戦、電子戦能力)を向上させてきた。しかし、人民解放軍は今や、米軍も重視する新技術AIによる革命「AI軍事革命」をリードしようとしている。
人民解放軍のリーダー達は、AIが戦争の様相を激変させると確信している。例えば、中国の科学技術委員会の委員長であるLiu Guozhi中将は、「AIは軍事作戦スタイル、兵器体系などを刷新させるであろう」と予想している。
中国では、AIが戦争を情報化戦争(informatized warfare)から知能化戦争(intelligentized warfare)へシフトさせると確信している。
AIは戦場における指揮官の状況判断を手助けできる。そのために、中央軍事委員会の連合参謀部は、軍に対して指揮官の指揮統制能力を向上させるためにAIを使うように指導している。AIはまた、ウォーゲーム、シミュレーション、訓練・演習を向上させるだろう。これは、実戦経験のない人民解放軍にとって非常に重要な意味を持つ。
また、AIは、ドローンの大群(スウォーム)などの自律ロボットを支えている。ドローンのスウォームによる自律協調行動のデモは公的なメディアでも紹介されている。国営企業である「中国電子科学研究院」は、2017年6月に119個のドローンの飛行テストに成功した。安いドローンで高価な空母を攻撃することが可能になる。
中国の専門家は、AIとロボットが普及すると、「戦場におけるシンギュラリティ(技術的特異点)」が到来すると予想している。このシンギュラリティに達すると、人間の頭脳ではAIが可能にする戦闘における決心のスピードに追随できなくなる可能性がある。そのために、軍隊は、人を戦場から解放し、彼らを監督の役割を担当させ、無人機システムに戦いの大部分を任せることができるようになる。そのような転換点は、はるか先のことのように思えるが、軍事は自動化の方向に益々向かっている。
AIの軍事利用はすでに始まっていて、各種対空ミサイルシステムの自動目標追随と目標の決定、重要な兵器の欠陥の予測、サイバー戦への適用など適用分野は軍事の大部分にわたる。
AI軍事利用の問題点
中国のような全体主義国家は、戦争における完全な自動化を追求する可能性がある。自動システムは、合法的な軍事目標と民間目標を識別できないのではないかという懸念があり、作戦における倫理的・人道的な観点でのリスクを伴う。
中国の軍事専門家たちは、自動化の時代における人間の果たすべき役割の重要性を認識している。Liu中将は、「AIにサポートされた人間の脳のほうが、AIそのものよりも優れているのではないか」と言っている。人民解放軍の中央集権的な文化は、人間を重要な意思決定のループの中に入れておくことを奨励するであろう。
中国は、高度な教育を受け技術的に優れた能力を有する人材の確保に苦労しているが、AIはその解決策になる。AIは、軍事の専門分野や機能を人に代わり担当することが可能になるであろう。AIが仮想現実の技術と合体して、人民解放軍の訓練をより現実的・実戦的なものにすることが期待されている。
しかし、AIが人民解放軍のシステム上の問題を緩和したとしても、他の諸問題を悪化させることになるかもしれない。
いずれにしろ、AIは、軍事における指揮官の状況判断、幕僚活動、部隊の運用、訓練などを大きく変え、今後何十年後には戦争の様相を大きく変貌させてゆくであろう。
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1 Elsa B. Kania, “Battlefield Singularity”, Center for a New American Security