米国防省は1月19日、「2018年米国国家防衛戦略(2018 National Defense Strategy)」(以下「国防戦略」)を発表した。2008年版の国防戦略が発表されて以来10年間のブランクを経て久しぶりに発表された2018年版の国防戦略(NDS)は、私にとって気持ちよく読める文書であった。
バラク・オバマ政権の8年間において、国防戦略が発表されなかったことを考えると、ドナルド・トランプ政権下でまっとうな国防戦略が発表された意味は大きい。私は、昨年末に国家安全保障戦略(NSS)が出されるまで、「トランプ政権は戦略を持たず、海図なき航海をしている」と批判してきた。しかし、国家安全保障戦略と国防戦略が公表され、今後、「核戦力体制の見直し」や「弾道ミサイル防衛見直し」も矢継ぎ早に出されるという。もはや、トランプ政権に戦略がないと批判することはできない。
今後の焦点は、この国防戦略を如何に具体化するか、特に米国に並ぶ覇権国家を目指す中国に厳しく対処できるか否かだ。
以下、国家安全保障戦略の公表バージョンである“Summary of the 2018 National Defense Strategy of The United States of America ”とジェームス・マティス国防長官のジョーンズ・ホプキンス大学での講演を中心に記述していきたいと思う。
2018国防戦略を読んでの感想
●America FirstやMake America Great Againなどのトランプ色の強いスローガンが全く入っていないために、違和感なく受け入れやすい国防戦略になっている。
12月末に発表された国家安全保障戦略では、わざわざ「アメリカ・ファースト国家安全保障戦略」と命名したために、トランプ色が付きまとうNSSになってしまった。
マティス国防長官は、トランプ大統領の不規則発言とは一線を画す、プロ好みの国防戦略に仕上げた。
●大統領就任後一年を経てもカオス状態にあるトランプ政権にあって、着実に任務を遂行している組織が国防省であることを改めて認識できる国防戦略となった。トランプ大統領は、国防省のことについてはマティス国防長官にほぼ全権委任していて、そのために国防省は、マティス国防長官という優れたトップの存在もあり、トランプ政権下にあって数少ない安定感のある組織である。
気になるのは、国防省とは対照的に評価の低い国務省である。本来ならば、外交と軍事が混然一体となって機能すべきところではあるが、そうなっていない。
●戦略的環境に関する認識において、「米国と中国及びロシアとの大国間競争への回帰」を明示したことは高く評価できる。今後、中国とロシアに対しては厳しく対応することを期待したい。
バラク・オバマ政権下においては、中国への過度の配慮のために、「米国と中国の大国間の競争」という言葉を使うことはタブーであった。当時のスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官は、この言葉を国防省が使わないように露骨に干渉した(JBpress記事「大国間競争を否定するホワイトハウスの大問題」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48219参照)。この中国への過度な配慮が、中国の南シナ海人工島建設などの問題行動を許す要因となった。
●同盟国と友好国(パートナー国家)との連携を重視した多国間主義は適切だ。
「互恵的な同盟やパートナーシップは、米国の戦略にとって必要不可欠なものであり、米国の競争相手やライバルが追随できない戦略的利点を提供する」と適切な記述となっている。
これは、トランプ大統領の対外政策が消極的な「対外不干渉主義」から米国単独でも軍事力の行使をいとわない「単独主義」に大きく振れる傾向を是正するものである。同盟国や友好国(パートナー国)との協調により諸問題を解決しようとする多国間主義の表明は妥当だ。下図参照。
マティス国防長官のジョンズ・ホプキンズ大学での講演
マティス国防長官は、1月19日にジョンズ・ホプキンズ大学において国防戦略について講演をしたところ、国防戦略を理解する上で参考になるので紹介する。
●2018国防戦略の特徴
・2018国防戦略は、新しい国防戦略は時代に合致したものである。
・単なる防衛戦略ではなく、アメリカの戦略である。
・昨年末に発表されたトランプ大統領の国家安全保障戦略を根拠としている。
・中国及びロシアとの大国間競争への回帰を強調している。しかし、他の脅威(ならず者国家である北朝鮮とイラン)についても触れている。
●米軍の任務
・米軍は、我々の生き方を守るが、思想の領域も守っている。地形を守っているだけではない。この国防戦略は、すべての領域における努力の指針となるものだ。
・軍事の役割は、平和を維持すること。平和をあと一年、あと一か月、あと一週間、あと一日平和を維持すること。問題解決にあたる外交官に力を背景とした解決を可能にさせ、同盟国に米国に対する信頼感を付与すること。
・この自信は、外交が失敗したとしても、軍が勝利するという確信に裏打ちされている。
●脅威認識
・過去に発表した戦略の時代から脅威は変化している。ロシアと中国が出現し、グローバルな移ろい易さ、不確実性が増大している。
・テロリズムではなくて、大国間競争が米国の国家安全保障の焦点だ。
・我々は、修正主義大国である中国とロシアからの増大する脅威に直面している。中国及びロシアは、全体主義的なモデルに一致する世界を作ろうとし、他の諸国の経済的、外交的及び安全保障上の決心に拒否権を行使しようとしている。
・北朝鮮とイランは、ならず者国家であり続けている。イスラム国(ISIS)の物理的な実体はもはや存在しないが、他の過激主義組織が憎悪の種をまいている。
●米軍の現状と改善の方向
・米国の軍事力は未だに強力ではあるが、米国の競争における優越性はすべての作戦領域(空・陸・海・宇宙・サイバー空間)において劣化し続けている。
・16年間のテロとの戦い、急速な技術的変化、国防費の上限枠、絶え間ない決議のために、伸び切った軍隊、資源の欠乏した軍隊になっている。
・米国の軍事力の卓越性は、当然の前提ではない。もしも国家が自らを守るためには、より強力な軍隊を持たなければいけない。
・もっと強力な統合軍を構築すること、古い同盟を強化し、新たな同盟を構築すること。国防省のビジネス慣行を改革すること。
・成功は、新技術を開発した国ではなく、それを統合し、より迅速に戦い方に応用した国に与えられる。
●議会への要望
・この国防戦略は、資源が与えられないと意味をなさない。いかなる戦略も、必要な予算、安定し予測可能な予算なくして成立しない。軍隊を近代化しないと、過去には勝てた軍隊も今日の安全保障には不適になる。
・16年間にわたる対テロ戦争において、米軍の即応性を傷つけたのは、予算統制法による予算削減とそれに関係する多くの議会決議だ。
・米軍は、議会が通常やるべきことをやらなかったために、不十分で不完全な資源(人・物・金)にもかかわらず、休むことなく任務を遂行している。
・我々は、自らの命を懸け、自発的に白紙の小切手にサインをする軍人たちに誠実であるべきだ。議会は、予算決定の運転者席に座るべきで、予算制限法による自動的な削減の傍観者の席に座るべきではない。
・我々は予算が必要だし、米軍の卓越性を維持するのであれば、予算の予測可能性が必要だ。
2018国防戦略の概要
●国防省の任務
国防省の変わらない任務は、戦争を抑止し、国家の安全を保障するに必要な信頼できる戦闘能力を備えた軍事力を提供することだ。
もし抑止が失敗したとしても、統合軍は勝利する準備ができている。
米国の伝統的な外交ツールを補強しつつ、国防省は、大統領と外交官が「力を背景とした立場」で交渉するために軍事的選択肢を提供する。
今日、我々は、米国の軍事的競争における優位性が劣化していることを認識する時代つまり「戦略的衰退(strategic atrophy)の時代」を生きている。
我々は、長期的なルールに基づく国際秩序の後退が特徴である、グローバルな無秩序に直面している。その無秩序が、安全保障環境を過去に経験した以上により複雑かつ流動的にしている。
テロリズムではなく、大国間の戦略的競争が米国の国家安全保障の主要な懸念になっている。
●戦略的環境
・中国
中国は、戦略的競争相手である。
中国は、軍事の近代化、影響作戦、略奪的な経済を使い、近隣諸国を脅し、南シナ海における軍事化を推進している。また、インド太平洋地域の秩序を自分に都合のいいように再編している。
中国は、引き続き経済的、軍事的台頭を続け、挙国一致の長期的戦略においてパワーを強調し、引き続き軍事近代化計画を推進し、近い将来にインド太平洋地域の覇権を追求し、米国を追い出し、将来におけるグローバルな卓越(global preeminence)を獲得しようとしている。
中国やロシアは、システムの内側から、その利益を利用しながら、同時にその諸原則の価値を貶め、国際的な秩序をひそかに傷つけている。
米国の国防戦略の最も遠大な目的は、米中両国の軍事関係を透明で、非侵略的な道に導くことである。
・ロシア
ロシアは、NATOを害し、欧州と中東の安全保障及び経済の構図を自国に有利になるように変えていこうとして、隣接国の政治的、経済的、外交的、安全保障上の決定を拒否する権力を追求している。ジョージア、クリミア、東ウクライナにおける民主的プロセスを貶め、転覆するために最新の技術を使うことは大きな懸念であるし、それが核戦力の拡大及び近代化と結びつくとその脅威は明らかだ。
・北朝鮮
ならず者国家である北朝鮮やイランは、核兵器の追及やテロリズムを支援することにより地域を不安定にしている。北朝鮮は、政権の生き残りの保証及び核・生物・化学・通常及び非通常兵器を追求することによる影響力の増大に努め、また弾道ミサイル能力の向上により韓国、日本及び米国に威嚇的な影響力を及ぼそうとしている。
●国防省の目標
・国土を攻撃から守る。
・統合戦力の軍事的優位性を全世界及び重要な地域において保持する。
・米国の死活的に重要な国益に対する敵の侵害を抑止する。
・国防省と関係の深い他省庁による米国の影響力及び国益を増進する努力を援助する。
・インド太平洋地域、欧州、中東、西半球における地域的な力の均衡を有利に保つ。
・同盟国を軍事的侵略から防護し、脅迫に対してパートナー国を支援し、共通の防衛の責任を公平に担う。
・敵性国家や非国家組織が大量破壊兵器を獲得し、拡散し、使用することを思い止まらせ、予防し、抑止する。
・テロリストが米国本土、米国市民、同盟国、友好国に対して作戦を実施したり、支援したりすることを予防する。
・国際的な公共ドメイン(宇宙、サイバー空間など)をオープンかつ自由にする。
・継続的に国防省の思考態度、文化、管理システムを変えていく。
・21世紀の国家安全保障上のイノベーション基盤―効果的に国防省の作戦を支持し、安全と財政を付与する基盤―を確立する。
●戦略的アプローチ
・戦略的に予測可能ではあるが、作戦的には予測不可能であれ。
・米国の各省庁の能力を統合して、国力のすべてを活用せよ。
・威嚇や破壊に対抗せよ。
・競争的な思考態度を涵養せよ。
①より強力な統合軍の建設による即応性の再建
②新たな友好国との同盟関係の強化
③より大きなパフォーマンスと適正な費用負担のための国防省ビジネス改革
●より強力な軍事力を整備する
①戦争準備に優先順位をつけよ。
②中核となる能力を近代化せよ。
・核戦力
核の三本柱及び核の指揮・統制・通信・支援インフラを近代化する。核戦力の近代化は、競争相手の威嚇的な戦略(脅迫のための核戦力の使用または戦略的な非核攻撃)に対抗するための選択肢の開発も含む。
・戦争遂行領域としての宇宙及びサイバー空間
強靭性、再編成、米国の宇宙能力を確実にするための作戦に対する投資を優先する。サイバー防御、強靭性、全スペクトラムの作戦にサイバー能力を継続的に統合することに投資する。
・C4ISR
戦術レベルから戦略計画レベルまでの強靭で残存性が高いネットワークと情報エコシステムの開発を優先する。
・ミサイル防衛
多層のミサイル防衛及び戦域ミサイルと北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対処する能力に投資を集中する。
・混沌とした環境下における統合致死能力
統合戦力は、機動可能な戦力投射プラットフォームを破壊するために、敵の防空及びミサイル防衛ネットワークの中に存在する多様な目標を打撃することが可能でなければいけない。複雑な地形における近接戦闘致死性を強化する能力が含まれる。
・前方展開戦力の機動及び体制の強靭性
敵の攻撃間における全てのドメインにおいて展開し、生き残り、作戦し、機動し、再生することができる陸・空・海・宇宙戦能力に優先して投資する。
・先進自律システム
国防省は、軍事競争を優先し、自律システム、人工知能、機械学習の軍事への幅広い適用及び迅速な民間のブレークスルー技術の適用のために投資をする。
・強靭で機敏な兵站
前方事前集積物資・弾薬、戦略機動アセット、友好国及び同盟国の支援を優先する。
③革新的な作戦コンセプトを作り上げる。
④強力で敏捷で強靭な戦力態勢及び運用を開発する。
⑤全構成員の能力を開拓する。
●同盟を強化し、新たなパートナー国を引き付ける
互恵的な同盟やパートナーシップは、米国の戦略にとって必要不可欠なものであり、競争相手やライバルが追随できない長続きする非対称な戦略的利点を提供する。
・相互の尊敬、責任、優先順位、説明責任を支持する。
・地域的協議メカニズムや共同計画を拡大する。
・インターオペラビリティ(相互運用性)を深化させる。
・インド太平洋地域の同盟とパートナーシップを拡大する。
・NATOを強化する。
・中東において持続可能な連合(coalition)を形成する。
・西半球における優位性を維持する。
・アフリカにおける重大なテロリストの脅威に言及する関係を支持する。
トランプ政権は中国に毅然と対処できるか?
トランプ大統領は、選挙期間中の公約を律儀に一つ一つ実現しようとしてきた。移民の規制、メキシコとの国境沿いの壁の建設、オバマケアの廃止、税制改革などであるが、一つ全く手を付けていないのが中国に対する通商問題や安全保障面での厳しい対応である。国防戦略で横暴な中国との対峙を明示したが、本当に強敵である中国と対峙できるか否か、トランプ政権の真価が問われている。
習近平主席の野望は、2013年に中国の国家主席に就任した時に掲げた「偉大なる中華民族の復興」である。彼は、昨年10月の第19回党大会における演説の中で、20回以上も「強国」という言葉を使い、建国100周年に当たる2049年頃を目途に「総合国力と国際的影響力において世界の先頭に立つ『社会主義現代化強国』を実現する」と宣言した。そして、「2035年までに、国防と人民解放軍の近代化を基本的に実現し、今世紀半ばまでに人民解放軍を世界トップクラスに育成する」と強調した。
彼の野望は、まず米国と肩を並べる大国になること、そして最終的には米国を追い抜き世界一の大国として世界の覇権を握ることである。彼の野望に待ったをかけるのは米国と日本をはじめとする同盟国や友好国との連帯である。米国が今回発表した国防戦略に則り毅然とした行動をとることを期待する。